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奇跡の軌跡(アニメ) 通常罠 自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。 相手はデッキからカードを1枚ドローする。 選択したモンスターは、ダメージステップ時に攻撃力を1000ポイントアップして、 このターン2回まで相手モンスターを攻撃する事ができる。 罠 能力強化 連続攻撃 同名カード 奇跡の軌跡(OCG)
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01.怪盗ウサギ 02.それでも時空は廻っている 03.シーラカンス☆タイワンナイト 04.怪盗ウサギ (Inst.) 05.それでも時空は廻っている (Inst.) 怪盗ウサギ 作詞:MIRAI 作・編曲:やま△ それでも時空は廻っている 作詞:MIRAI 作・編曲:菊池創 (eufonius) コーラス:riya (eufonius) [Mixing Recording Engineer] GO Katsuura [Vocal Direction] GO Katsuura [Recording Studio] Bazooka Studio [Photo CD jacket Design] [Executive Producer] Sextant CHENG [Photo Dress offer] Vanilla S. [Special thanks] TUKUYOMI MAID CAFE TUKUYOMI MAID Hub. TUKUYOMI EXTENSION CENTER YO-KO YAMADA JASON、TIME、KIKI、 HONOH、183、ZERO-9 AGUN、BAKAMARU、 SHIMADA’s Family And YOU!! 2016年1月30日発売。当初は台湾国内のみでの発売だったが、後に個人輸入が解禁された。公式ページの五大唱片がそれ。 歌手の正式名称が長い。「ジュリリジュリラン・未来・ゴロゴロコロニー13世」ちゃん。ジャケットに従うなら数字も全角。 この未来ちゃん、クレジット等小西貴雄氏繋がりの名前を目にすることが多い。今回の曲提供もそのあたりなのだろう。 ブックレットには1、2曲目のみの記載で3曲目は歌詞もクレジットも無いが、これは「ちんぷんかんぷん★シーラカンス★チャイナーナイト⤴⤴」のアレンジで、こちらは作詞にエンジニアの勝浦剛氏、作編曲にやま△氏。 提供曲は2曲目。上記クレジットは有りの侭を書いています。引用ですからね…… 全面ピコピコ曲だが、eufo曲ほど荒ぶったりはしない。 ブックレットにあるように日本語。発売以前に曲は出来ていたようで、検索にかけると発売日以前に台湾語?で歌うライブ動画がヒットしたりする。 歌も日本語も上手い。それはもうボーカルよりも歌詞カードの方に違和感を感じてしまうくらいに。 コーラスにriyaの名前があるが、白玉だけでなくハモリもriya。 Instだったりカラオケだったり表記が揺れる。 購入方法について 個人輸入に抵抗を感じる人もいるかもしれないが、VISA、Master Card、JCBの何れかを持っているなら方法としては簡単。 大体のことはこの辺に聞いとけ。アカウント必須だけど捨て垢でよろし。登録後は購入と出荷のメールがそれぞれ一通届くだけ。 付款方式は「信用卡交易」(クレジットのこと)、郵寄方式は「國外其它地區(小包掛號)」の「亞洲地區(不含大陸)」を選ぶ。横に高い項目があるが、ほぼ早いだけだし、海外の輸送屋を急がせても良いことなんて無い。 名前や住所はアルファベットでよろし。難しいことは考えなくていい。イ県ロ市ハ町ニ12-34なら“12-34 Ni Hacho Roshi Iken Japan”とか書いとけば解ってくれる。国号だけ忘れないように。 これで258+130(NT$)。今計算したら合計1,312.9533円也。個人輸入だということを除いても、シングル1枚でこの値段ならまあ普通ではないだろうか。 手元の分は注文から1日で発送、そこから1週間で届いた。 だがやはり個人輸入は個人輸入。壊れるときは壊れる。大抵は小さなヒビくらい入っているので覚悟すべし。厚紙の封筒にCDケースをプチプチで包んで入れてあったが、プチとプチの間隔が広い上にちゃっちい。手元の物は右上側面の爪(ブックレットを仕舞うあれ)の横部分がちょっとひび割れていたが、読み取りは問題なかった。 EACで読んだCRCは30サンプル修正して721C71B6、無音サンプルを含めなければ57FF173Bだった。複数ドライブで一致したので合ってるはず。
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タグ一覧 痴漢 作品データ タイトル それでもオレはやってやる! vol.1 発売日 2009/04/28 名義 遠野そよぎ キャラクター名 芳村沙夕里 (よしむら さゆり) 制作元 ユーフォリア 痴漢の裏サイトでターゲットの一人になったヒロイン。見ため通り大人しい感じで文句を言えないタイプ。読書が趣味で図書館にもよく通っている。一見文学少女だが、実はすごい妄想癖があり痴漢されたことをきっかけに淫乱へ変化を始める。
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私はゆっくりを三匹飼っている。 結構な年をめしているゆっくりまりさと、成体と子ゆっくりの境ぐらいの、ゆっくりれいむとゆっくりありすである。 ゆっくりに詳しい人ならば察しはついていると思うが、ゆっくりまりさとゆっくりれいむは実の親子であるが、まりさとありすは餡が繋がっていない。 ありすとれいむは半分餡が繋がっている。 そう、ありすはレイパーありすに親れいむが襲われた結果生まれた子だった。 夜、夕食が終わった後私は飼っているゆっくり三匹と共にゆっくりした時間を過ごしている。 甘い物(ゆっくりに合わせて)でもつまみながらゴロゴロしてテレビを見るのだ。素晴らしき怠惰な時間。 それほど長い時間許されるわけではないが、短い間ながらもこの時間は至福の時である。ゆっくり達もこの時間は大好きなようだ。 「ゆゆ~、おにーさん、ゆっくりチャンネルをかえてねっ」 まりさが横になっている私の腰元によりかかりながら言った。ちょうど見ている番組が終わって、その後に放映される番組はあまり面白くない。 よって私はまりさに同意し、テレビのチャンネルを変えようとする。 「ありす~、リモコンとってくれ~」 私の声に顔を向けていたありすが「ゆっ?」と振り返る。 一拍置いて「ゆっくりわかったわ!」と応えてリモコンをとろうとするが、 「ゆっ? ゆっ? リモコンさんどこにあるのかしら?」 見つからないようでその場でキョロキョロしている。 「ありす、リモコンさんはしんぶんさんのうしろだよ!」 そんなありすに、うつ伏せに横になっている私の背中に乗るれいむ──ありすの姉が助け舟を出した。 れいむの言葉通り死角になっていた新聞の裏を見て、そこにあったリモコンを口に咥えてありすはリモコンを持ってきてくれた。 「はいっ、おにーさん」 「ありがと、ありす」 ありすからリモコンを受け取り、適当にチャンネルを変えていく。 特にめぼしいものはやっていないか、と思いながら変えていくと、ゆっくりを題材にしたドキュメンタリーが放映されていた。 他の人よりゆっくりに興味のある私は自然とそこでチャンネルを変える指を止め、ゆっくり達もその番組に興味を抱いたようなので、結局その番組を見ることにした。 その番組の主役は、野生のゆっくりの一家のようだった。まりさとれいむの番だ。 冒頭でなんと、れいむがが狩りに出ている間にまりさがレイパーありすの襲撃を受けた。これには私もゆっくり達も驚いた。 ゆっくりは突然の強姦現場に。私はこんな場面をゴールデンで流してよいのかという思いで。 『い゛や゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!! やべでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!』 『んほぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!! ありずのあい゛をうげどっでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!』 動物の交尾もテレビで放送しているから良いのかもな、と私が思い直していると、テレビを見ていたありすが「ぷんぷん!」と頬を膨らませていた。 「レイパーはゆっくりできないわ! とかいはじゃないわね!」 そのありすの言葉に、私もまりさもれいむも何も言わない。 ありすは自分がレイパーありすから生まれた境遇からか、いわゆる『性的なこと』に普通のゆっくりよりも強い嫌悪感を抱いていた。 特にレイパーありすは許せないらしく、昔、外に散歩に連れて行った時に見たレイパーありすの強姦現場に割って入ってレイパーありすを倒そうとした。 その現場はありすではなく私が止めた結果になったが、とにかく、ありすはレイパーが嫌いだった。 テレビはレイパーありすが好き放題すっきりし、襲われたまりさが息も絶え絶えになっているところだった。 ありすはそのままれいむとまりさの巣を出て行って、巣に弱ったまりさが残される。 れいむが狩りから帰ってきてその事実を知るのはこの二時間後らしい。編集でカットされたため見ている側としてはすぐ後に見えるが。 狩りから帰ってきたれいむは、弱っているまりさと膨らんでいるお腹で何が起こったのか察したらしく、怒り狂った。 だが怒りよりもまりさへの心配が強いのか貯蔵していたエサと飼ってきたエサを与えたり、かいがいしく看護をし始めた。 ここで場面はまた飛ぶ。今度は二日後だった。 まりさは元々病弱だったのか、はたまた襲われたダメージが酷かったのか、れいむの看護がありながら二日経ってもあまり回復はしていないようだった。 そうして、その後急に産気づいたまりさが己の命と引き換えに一つの命を生み出した。まりさの腹から生まれたのは、ゆっくりありすだった。 子ありすが生まれたと同時に息を引き取ったまりさ。テレビの中のれいむは「ばりざぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」の滂沱の涙を流していた。 うちのゆっくり達も「ゆぐっ、えぐっ」ともらい泣きをしていた。後姿のため泣き顔は見えないが。感受性の強い子達である。 さて、どうなるのかと私は思う。 れいむはどうするのか。この子ありすを育てるのか、それともレイパーの子、まりさの命を奪った子として殺すのか。はたまた捨てるか育児放棄か。 どれをとっても、正解ではないし間違いではない。レイパーありすの事件なんて珍しいことではない。 その場合の被害者となったゆっくり達も、生んだゆっくりもいただろうし、堕ろすか、堕ろす術を知らなかったら産んだ後殺したゆっくりもいるだろう。 どっちが正しいのか。それは一概には言えない。正解なんてないのかもしれない。 それでも、産んで愛情をもって育てるのは稀な方だろう。そしてこのれいむは稀な方だった。うちのまりさと同じく。 番組のれいむはまりさが命と引き換えに残した子ありすを我が子のように大切に育てた。 泣いたらあやしてやったり、エサを採ってきて食べさせたり、ゆっくり出来ない事を教えてあげたり。 ありすはそんなれいむの愛情を受けて、すくすくと育った。このまま幸せに、何事も無くすごしていければ幸いなのだろうが、そうなると番組があまり成り立たない。 案の定と言うべきか、問題が起こった。まりさがレイパーありすに襲われ、そうして生まれた子供をれいむが育てているのは、群れのゆっくり達に広まったらしい。 決して表立っては言われなかったが、陰で色々と他のゆっくり達が噂している場面がテレビに映る。 曰く、『自分のではない子を育ててゆっくり出来るのか』と。 そんな噂は、ありすの耳にも届いた。薄々感づいていたらしく、自分が育ての親であるれいむの子ではないと分かると、やっぱりといった顔をした。 ゆっくりの表情は本当に分かりやすい。 ふと、そこで私はテレビを見ているありすの後姿を見る。この番組を見て、ありすはどう思っているだろうか。 いくら思考が単純なゆっくりと言えども、私とは他の生物だ。その気持ちを完全に推し量ることは出来ない。 ただ、ありすの後姿からは私はなんの情報も読み取れなかったがので、再び視線をテレビへと移した。 番組ではCMを明けて、子ありすと親れいむが喧嘩している場面から始まった。 どうやら何処かに行こうとしているありすをれいむが必死に止めようとしているらしい。 そしてその何処か、とはありすの実の親であるレイパーありすの所らしい。 実の親に会いたい。その気持ちは分からないでもないが、それでは育ての親であるれいむが軽視されている気がした。 ありすは必死に実の親を探しに行くといい、れいむはそれを懸命に止めようとしている。行かないでくれ、と。 ゆっくりは実の親子であれば顔を見ればすぐに相手がそうと分かるらしい。不思議な生態だ。 だからありすも実の親と直接会えれば分かるだろうから、決して無謀というわけではないだろう。 だが会ったことも無い、情報も全く無い野生のゆっくりを探そうと思えば一朝一夕では済むまい。 巣に帰らず旅になるかもしれない。すると残されるのはれいむのみとなる。それが、れいむにとっては嫌なのだろう。 親子喧嘩は白熱し、ありすは口論の末に大声で叫んだ。れいむに言葉をぶつけた。 「あかのたにんが、おかーさんづらしないでねっ!」 その言葉を聞き、私は思わず呆然としてしまった。 それは、言ってしまったらダメだ。それを言ってしまっては、終わりだろうと。 画面のありすはその後れいむの制止を振り切って巣を飛び出すが、ボロボロになって探しても親は見つからず、結局ほうほうの体で巣へと帰ってきていた。 何日かぶりの再会に親れいむは涙し、ありすはそんな親の姿に涙した。 その後二匹は仲直りし、これで泣けるでしょと言いたいかのようなハッピーエンドとなったが、私はさっきのありすの言葉が忘れられないでいた。 私は無意識の内に、ゆっくり達の後頭部へと視線を移していた。 ゆっくり達は「よかったね~」などと笑顔で感想を言い合ったりしていた。数十分前のことは、あまり覚えてないかもしれない。 まりさの伴侶であり、れいむとありすの実の親である親れいむは、既に亡くなっている。 別にレイパーありすに犯し殺されたわけではない。ではないが、それがきっかけだったかもしれない。 まりさとれいむは私が野良だった二匹を拾ったのだが、れいむはどうやら生まれつき体が弱かったらしい。 それがレイパー事件を境に悪化し、ありすを産んだ六日後に息を引き取った。 それでもその六日間は濃密な日々だったらしく、ありすは今でも親れいむの思い出話を嬉しそうに語る。 記憶力が軒並み悪いと言われるゆっくりの中では、なかなかの記憶力である。それだけ、ありすの中で親れいむの存在は大きかったのだろう。 私はゆっくり関係でとある集まりに属している。 ゆっくりんピースのような大それた団体でも、虐待コミュニティのような熱心さでもない。 本当に、ただ近隣でゆっくりを飼っている人たちが、ゆっくりを連れて集まって、だべったり遊んだりする程度の、ゆる~い物である。 もっとも、親れいむが死んでからはありすが塞ぎこみがちだったので、ここ数ヶ月はあまり顔を出していないが、そろそろいいだろうと判断した。 次の日曜日、近所の市民公園に集まるらしいので、私もゆっくり達を連れてそこに行くことにした。 その旨を伝えるとまりさとれいむは久しぶりに友達に会えると色めき立ち、ありすは友達が出来るかな、と目を輝かせていた。 この集まりには飼い主同士の交流だけでなく、ゆっくり同士の交流もある。 ゆっくり同士で友達になって遊んだり、中には番になったりする場合もあるらしい。 まりさとれいむは親れいむが死ぬ前に何度か集まりに行ったことがあり、友達も何匹か出来ていた。 その友達に久しぶりに会えるので楽しみなのだろう。 私はまりさとれいむだけでも友達に会いに行くかと聞いたことがあったが、 「ありすをほうってゆっくりできないよ!」 と、返されてしまった。そう言われては無理に連れてはいけない。 家族の交流に水を差すことは、私には出来なかった。 そうして次の日曜日。私はゆっくりを連れて近くの市民公園に来ていた。 かなりの広さを誇る芝生が一面に広がっており、幼児向けの遊具も多くある。 ゆっくり飼い主達の集まりは芝生にて、既に幾人かの奥様方やお兄さんお姉さん、お爺さんお婆さん方らはビニールシートを広げている。 弁当やお菓子、茶などを持ち寄った、ちょっとしたピクニックのようである。 私も青いビニールシートを敷いて、バスケットで運んできたゆっくり達を外に出した。既に他のゆっくり達は元気に芝生を駆け回って遊んでいる。 まりさとれいむは、この度この集まりのデビューとなるありすを連れて遊んでいるゆっくり達の方へと跳ねていった。 「みんなにありすをゆっくりしょうかいするよ!」 「みんな、ひさしぶり! ゆっくりしていってね!」 元気良く跳ねていくゆっくり達の後姿を見送りながら、私はビニールシートに腰を下ろした。 既に他の方々はお茶菓子などを広げて談笑に花を咲かせているようだ。しばらくぶりなので、私も挨拶をしに行こうか。 まだ昼前なのでお弁当はもう少し経ってからだろう。私が皆様に配ろうと思っていたクッキーを取り出すと、知った声が後ろからかけられた。 「久しぶりですね」 その声に反応し、振り返るとやはり見知った姿がそこにはあった。 「麗子さん、お久しぶりです」 ペコリと会釈をすると、彼女──麗子さんは「呼び捨てでいいのに」と言いながら、私の隣に腰を下ろした。 麗子さんはこの集まりの中では、私が一番よく話す人物だった。年が同じということもあり、よくゆっくりについて語り合ったりしたものだ。 今は確かゆっくりありすを飼っているはずだ。 「どうしたの。全然来ないから心配してたんだよ」 「ちょっと、こっちのゆっくりの家族事情が込み入ってまして」 「と、いうと?」 私は保温水筒に入れてきた紅茶とクッキーを麗子さんの分も一緒に広げながら、話すかどうか悩んだが、 「みんなっ、れいむのいもうとのありすだよ! ゆっくりしていってね!」 「ほらありす、みんなにごあいさつだよ」 「ゆぅ……ゆっ、ゆっくりしていってね!!」 ありすを皆に、自慢げに紹介しているれいむとまりさを見て、別に隠すことでもないかと思い直した。 「あのありす、見えますよね?」 「……うん、でも確か……」 「はい、まりさの伴侶はれいむでした」 「じゃあ、もしかして」 「お察しの通り、レイパーありすです」 私は事件の事を麗子さんに話し始めた。 あれは私が、まりさと子れいむを連れてゆっくりフードを買いに行っている間に起こったことだった。 私は最初、ゆっくりにあげるゆっくりフードについて悩んだ。どれをあげれば良いのかと。 知り合いに聞いたが、それでもれいむとまりさにあげるエサの条件に合うゆっくりフードは複数あったので、いっそのこと本人に選んでもらうかと思い、以来ゆっくりフードを買う時は食べるゆっくり達本人を連れて行っている。 あの日は親れいむの体調が芳しくなく、親れいむは家で留守番の運びとなった。 美味しいご飯を買ってくるからゆっくり待っていてね、と言うと親れいむは笑顔で「ゆっくりしているよ」と答えた。 そうして私がまりさと子れいむを連れて家に帰ると、そこには顎の下を膨らませてぐったりしている親れいむがいた。 私はすぐさまそれがレイパーありすの仕業だと理解した。窓は割られており、そこから侵入したと思われた。 まりさと子れいむは泣きじゃくって親れいむに寄り添ったが、命に別状は無かったようで安堵していた。 産もう、と最初に決断したのはまりさだった。親れいむが産みたいと思うなら、産もうと。 親れいむはというと、笑顔で「ゆっくりあかちゃんうむよ」と言っていた。 私は聞いた。なんでレイパーの子を産むのかと。 大体においてレイパー被害者のゆっくりは堕胎を選ぶ(野生ゆっくりの場合は胎生妊娠の場合は堕胎が出来ないので産んでから殺すか育児放棄をする)。 それなのになんで産むのかと。 二匹はこう答えた。 「ゆっくりしたあかちゃんにあうのに、りゆうなんかいらないよ」と。 その後親れいむは無事にありすを出産し、その後六日は家族仲良く過ごした。 皆、餡の繋がりなんか知ったことかと言わんばかりに、本当の家族のように仲良く過ごした。いや、ようにではないな、本当の家族だった。あの四匹は。 だが、傍目からは分からなかったが(少なくとも私とゆっくり達は気付けなかった)、親れいむは日に日に衰弱していったようで、六日目に静かに息を引き取った。 まりさも、子れいむも、ありすもわんわんと泣いた。涙が枯れるのではないかというほど泣いた。 その後しばらくありすは生まれたばかりの頃とは打って変わって塞ぎこんでしまった。 「だからしばらくは、ありすが落ち着くまで来ないようにしてたんです。まりさとれいむもありすに付きっ切りでした」 「そうだったんだ……」 私と麗子さんは、どちらともなくゆっくり達へと視線を向けた。 そこでは集まったゆっくり達にありすを紹介して周っているまりさとれいむが居た。 しかし、周りのゆっくり達は皆首を傾げている。皆知っているのだ、まりさの伴侶はれいむだったはずと。 だから、家族として紹介されたありすに疑問を抱いている。 「むきゅ、まりさのおくさんはれいむのはずよ」 「なんでありすなの?」 「わからないよー」 ゆっくり達は皆口々に疑問をぶつける。 中には 「そのこはまりさのおちびちゃんなの?」 と、ストレートに聞いてくる者もいた。 だが、まりさとれいむはそんな質問にも毅然としていた。 「ぷんぷん、れいむとありすはまりさのじまんのおちびちゃんだよ!」 「ありすはれいむのじまんのいもうとだよ!」 そう言われては何も言えない。ゆっくり達は口を噤んだ。 しかし、ゆっくりが単純なのかここの集まりのゆっくりが単純なのか、十分後には皆そんな事は気にしなくなり、ありすも混ぜてみんなで楽しく遊び始めた。 皆実に良い子達である。 「…………ん?」 私はふと、見知らぬゆっくりを目にした。 別に私は全てのゆっくりの見分けがつくわけではない。だがここの集まりのゆっくり達は大体覚えている。 それになにより、そのゆっくりは装飾品に普通のゆっくりにはない飾りをつけていた。 「麗子さん、あのゆっくりって……」 「あの……? あぁ、あれは成田さんのゆっくりよ」 「成田さん?」 「ほら、あそこ」 麗子さんが指差す先、そこにはそこには私より二つか三つばかり年上の人たちのグループがあった。 そしてそこに、私の見覚えの無い顔を見つけた。 「あの人ですか」 「そう、君が来ない間に新しく来始めたの。なんでも家がお金持ちらしくてね、ゆっくりにも結構お金かけてるんだって」 言われ、ゆっくり達のグループに目を戻した。 先ほど目に付いたゆっくりは、髪につける装飾品にまた別の飾りをつけていた。ブローチだったり金の刺繍だったりと。 確かに遠めに見ても高そうだとは思えた。 そんな高そうな飾りをつけているゆっくりはれいむ種まりさ種ありす種ぱちゅりー種ちぇん種みょん種といた。六匹も飼っているとは。 ゆっくり達は生まれつき持っている自分の装飾品が命の次に大事だ。それがなくてはゆっくり出来ないからだ。 自分の生まれつきの装飾品ではなく、人間が用意した別のリボンなどをつけてゆっくり出来ないと泣くゆっくりがいたが、自前の装飾品に何か手を加えることはいいらしい。 それこそ物によってはよりゆっくり出来ると喜ぶそうだ。 あの高そうな追加飾りも、その一つだろう。 「後で挨拶しておこうかな」 その後お昼時となり、飼い主ゆっくり皆入り交ざってのお弁当タイムとなった。 私は麗子さんと一緒に先ほど成田さんが居たグループに混ざった。麗子さん程話したことはないが、皆見知った仲である。久しぶりに来た私を歓迎してくれた。 成田さんにも挨拶しようかと思ったが、成田さんのゆっくりは結構なグルメでわがままらしく、成田さんは自分のゆっくりにエサをあげるのにつきっきりで忙しそうだったので辞めておいた。 「どぼじでいづものじゃない゛の゛ぉ!?」だとか「こんなおそとでたべるなんていなかものだわっ!」と成田さんのゆっくり達の声が届いて、私達は苦笑いした。 ゆっくり達はゆっくり達で(成田さんのゆっくりを除いて)仲良く雑談しながら楽しくお弁当を食べていた。 成田さんちのようなセレブ~、なゆっくりにこんな集まりは場違いなのではと思ったが、遊んでいる時は本当に楽しそうに遊んでいたので、それほどでもないようだった。 「む~しゃ、む~しゃ、しあわせ~♪」 「むきゅ、ありすすごいたべっぷりだわ」 「とってもとかいはだわ♪」 ありすは早速仲の良い友達が出来たようで何よりだ。麗子さんのありすとも仲良くなったようだし。 後で聞いたことだが、どうやらありすは体格が良いようで、ゆっくりの仲では優しい力持ちのような印象を受けていたらしい。 あまり想像が出来なかったが、ゆっくりがゆっくりについて語ったものなら、間違いではないのだろう。 この日は私にとってもゆっくり達にとっても充実した一日となった。 やはり来て良かった。遊びつかれてぐっすりと眠っているゆっくり達の入ったバスケットを抱えて、私は帰り道、そう思った。 集まりの日以来、れいむとありすはしきりに次に皆と会える日はいつかと聞いてきた。 「ゆゆ~、おにーさんつぎはいつみんなにあえるの?」 「みんなとゆっくりしたいわっ」 「まだ未定だよ」 足に擦り寄りながらそう訊ねてくるニ匹を見て、まりさはどうしたのかと思った。 まりさはというといかにも興味無いといった仕草であさっての方向を向いているが、ちらちらとこちらを窺っているのがあからさまに分かる。 「まりさは気にならないのかい?」 「ゆっ!? まっ、まりさはおとなだからみんなとあえなくてもゆっくりできるよ!」 嘘だった。 口の端がぴくぴく動いている。まりさは嘘をつく時、そうなる癖があった。 「まりさ、口の端が動いてるよ」 「ゆっ!?」 まりさにはこの癖を何度か指摘したが、一向に直る気配は無かった。 結局、まりさも友達に会いたいのだろう。私は微笑ましさに口元を緩めながら、ネットの掲示板やメールをチェックする。 まりさはれいむとありすにも癖を指摘されて、「ゆっくりうそじゃないよ」と言い訳をしていた。 「おにーさん、あのピカピカしたこまたくるかな?」 「ピカピカ? ……あぁ、成田さんとこのか」 確かに装飾品はピカピカしてたな。 「会いたいのか?」 「ゆゆっ!? ちがうよっ、ちょっときになっただけだよ!」 そう言うれいむの口元もピクピク動いていた。 その二週間後の日曜日、再びゆっくりと飼い主達が集まった。結構暇人が多いのか、前回と同じくかなりの出席率だった。前回居た人の中では成田さんだけがいない状態だった。 前回と同じ公園であった。このような場所を選ぶのは、ゆっくり達が元気良く遊べるようにと配慮した結果である。 「皆、今日はどうするんだい?」 「まりさはおともだちとひなたぼっこするよ」 「れいむはみんなとこうえんをぼうけんするよ!」 「ありすもよっ!」 まりさは公園の中心で同年代のゆっくり友達と遊び、れいむはありすと、その他数匹の友達と一緒に公園を隅々まで散歩するらしい。 この公園にはゆっくりの害となる動物は住み着いていないし、飼いゆっくりの証であるバッジもつけてるから安全だろう。 そもそもそれぐらいの安全が確保されている所でなければ、ゆっくりをおいそれと連れてはこれない。 「それでも心配なんですね」 「まぁ、ですね」 私はれいむとありす達の後を尾行していた。麗子さんと一緒に。 気付かれない程度の距離を保って、ゆっくりと後を追う。目先の楽しみに夢中なゆっくり達は滅多なことでは後ろを振り向かないから気付かれないだろう。 れいむ達はまず、公園を四角に見立てた際の辺を辿って一周するようだ。 あまり外に出たことのないありすは色々と珍しいのか、なんでもないような物にさえ目移りしながら跳ねている。 「ありす、ゆっくりしないとあぶないよっ」 「ゆゆっ、ゆっくりきをつけるわおねーちゃん」 足元がお留守で危なっかしかったが、れいむの注意や他のゆっくり達が気を使ってくれたおかげで何事も無く四角形の角まで辿り着いたありす。 柵に囲われた向こう側には、公共道路がある。歩道を人が往き、車道を車が駆け抜けている。 「ゆ~? おねえちゃん、あれは〝くるまさん〟?」 「そうだだよ、ぶつかったらゆっくりできないからここからでちゃだめなんだよ」 「ゆっくりわかったわ」 そう言えばありすは車を生でを見るのが初めてだったか。 外に出る時も大体はバスケットに入れて運んでいるから外は見れないだろうし。 車の危険性をいざという時のために教えておいた方が良かったかと思ったが、この機会に実際に目で見て学んだだろう。 その後れいむとありす達は公園をグルッと一周したが、特に目新しいものは無かった。 もっとも、それは私から見た感覚であったため、ありすにとってみれば違った感じ方をしたのかもしれないが。 この日もいつも通り、飼い主達とゆっくり達の交流はつつがなく終わり、陽が紅くなるころ解散する流れとなった。 何故かこの時、ありすはしきりに公園の外の方を眺めていた。 ゆっくりの寿命について、私は何も知らない。。あまり考えたこともなかった。 実際、ゆっくりが寿命で死んだ話をあまり知らない。ゆっくりの死因の殆どが外的要因か病気だからだ。 だから私は、まりさが最初老衰だと知った時、全く動揺を抑えることが出来なかった。 あのありす二度目の集まりの日、家に帰った後──いや、家に帰る道中から既にまりさは元気が無かった。 もしかしたらそれより前に兆候があったのかもしれないが、私はまたもやそれに気付くことは出来なかった。 仮に気付くことが出来たとしても、老衰など避ける事が出来ないのだから致し方ないとしても、私はまた親れいむの時の繰り返しかと悔いた。 「ゆ~、まりさおかーさん……」 「まりさおかーさん……」 れいむとありすが積み重ねたタオルの上でぐったりとしているまりさを心配げに見つめている。 あの日曜日の日から一週間。日に日にまりさは弱っていった。 知り合いに聞いたりネットや本で調べたり。事例が少ないから調べるのに時間がかかったが、まりさのこれは老衰、つまり寿命であることは判明していた。 ゆっくりの寿命は、やはり確認できた個体数が少ないため参考程度にしかならないが、概ね三年から八年と言われているらしい。 まりさを拾って既に二年が経過している。拾った時点の大きさで生後一年以上は経過していただろうから、寿命が来たとしてもありえない話ではなかった。 それに、調べた事例の中でも野生のゆっくりは寿命が短い傾向にあった。 「ゆぅ……おちびちゃん、ゆっくりしていってね」 『ゆっくりしていってね…………』 まりさの弱弱しい挨拶に揃って返す二匹。 まりさはそんなれいむとありすに満足気に微笑むと、私に向かってこう言った。 「おにーさん、おちびちゃんたちをつれていってあげてね……」 「なんだ、知ってたのか……」 実は今日も、皆で集まらないかという呼びかけがあった。麗子さんから来た呼びかけの電話をまりさは聞いていたのだろう。 私はまりさがこんな状態なので行く気は無かったし、れいむとありすが多分行かないと言うだろうと思っていた。 前にありすが塞ぎこんだ時は、まりさともれいむも一緒になって家から出ずありすに付きっ切りだったからだ。 しかし、そんな私の考えに反してまりさはれいむとありすに、細々とした声ながらも 「おちびちゃんたちはゆっくりあそんでね……。おちびちゃんがゆっくりしてると、まりさもうれしいよ……」 そう、笑顔で言ったのだった。 れいむとありすは何か言いたげだったが、何も返さなかった。 ただこくり、と頷いた。私は二匹は家に残ると思っていたのだが、まりさの笑顔に負けたのか、それとも何か別の思いがあったのだろうか。れいむとありすの後姿は、ぴくぴくと震えていた。 どちらにせよ、一週間後に私はれいむとありすを連れてあの公園に行くことになった。 過去の事例からして、恐らくまりさが親れいむと同じ所に行くのも、一週間後ぐらいだろう。 「そう、まりさちゃんが……」 「まぁ、寿命で死ねるなら、ゆっくりした生涯だったと言えなくもないですが……」 「そればっかりは、どうしようもないね」 「せめて幸せに逝けることを願ってますよ」 次の日曜日、私はまりさの願い通り、れいむとありすを連れてあの公園に来ていた。 まりさはあれから、日に日に一日あたりの睡眠時間が増えていた。 今もきっと、留守番しているまりさは寝ていることだろう。 れいむとありすは公園の冒険にまた出ている。今度は別々、一匹だけで周ってみるそうだ。 私が座っているビニールシートから見える範囲では、成田さんのゆっくり、れいむ種まりさ種ぱちゅりー種ちぇん種みょん種が他のゆっくりの視線を集めていた。 「…………ん?」 よく見てみる。高そうな装飾品を付けている成田さんのゆっくり。確か六匹いたはずだ。 だが、今ここから見える範囲では、五匹しかいない。どこか別の場所にいるのだろうか。 ────嫌な予感がする。 「麗子さん、ちょっとれいむとありす探してきますね」 「また心配?」 「えぇ、ちょっと」 立ち上がり、私は公園を駆けた。その足は無意識的にある場所を目指している。 第六感としか言い様の無い感覚に突き動かされ、私は走った。 公園の外へと。 「ゆっくりはんせいしたかしら?」 ありすのその声が聞こえて、私は足を止めた。 何故かそのまま、気付かれぬようにそっと身を伏せていた。視線の先には、私の飼っているありすと、成田さんのありすがいた。 「なにをはんせいするの!?」 公園の外の歩道。今こそ人がいないそこで、二匹は向かい合っていた。成田さんのありすは頬を膨らませて怒っている。 「あなた、ありすのおちびちゃんでしょ? すぐにわかったわ」 成田さんのありすは、自分の言葉にありすが答える前に膨らませていた頬をしぼませ、そう言った。 言われたありすは、何も答えない。 私はそのやり取りを見て、ゆっくりの親子は相手の顔を見ればすぐに相手がそうだと分かるという生態を、私は思い出していた。 そして、思い、思い出す。 成田さんのありすの言葉通り、成田さんのありすがレイパー事件の犯人だった場合。 あの時窓は割られていた。普通に考えれば、ゆっくりが民家の窓を割れるわけがないとすぐに気付いたはずだ。 そう割れるわけがないのだ。野生のゆっくりが、たとえレイパーモードのありすといえども。 古い時代の薄い窓ガラスならともかく、現代の民家の窓を饅頭がそう簡単に割れるわけがない。 だが、野生のゆっくりではなく飼いゆっくりだったら? 犯行に人間が絡んでいるとしたら、どうだろうか。決して不可能ではなくなる。 人間が窓を割って、ゆっくりを投入する。人間は入らず、ゆっくりだけ。 そうすれば、野生ゆっくりの犯行に、見えるかもしれない。 「ありすのかわいいおちびちゃんが、こんなところにつれてきてなにするの?」 成田さんのありすは、小ばかにしたような嘲笑を浮かべながら、そう言った。 言った瞬間、ありすが爆発的な速度でその体を突っ込ませた。 激突。成田さんのありすはありすに体当たりされ、吹っ飛んだ。 「ゆびっ!?」 そしてそのまま、ありすは成田さんのありすを踏みつけたはじめた。 成田さんのありすの上で、何度も何度も跳ねて、踏みつける。全体重をかけた渾身の攻撃を。 「れ゛い゛ばーはじねっ!」 ありすは濁った怨嗟の声をあげながら、常とは違う怒りの形相に顔を歪ませていた。 成田さんのありすは、ありすに踏まれる度にカエルの潰れたような声をあげながら、その体をボロボロにしていった。 何度も何度も、何度も何度も。 ありすが連続で踏みつけることによって、成田さんのありすは顔面ボロボロ、髪もボサボサ、皮も破れているところがあるという有様になっていた。 五十回か百回だろうか。数えてはいないがそれぐらいだと思える程には踏みつけたありすは、成田さんのありすから降りてその髪を咥えた。 成田さんのありすはまるで虐待趣味の人間に出会った後のようにボロボロに見えた。 だがまだ体力的に余力はあったのだろう。成田さんのありすは先ほどのありすの声に負けない程の声量で言った。 「ゆびゅっ……なにずるの! あなだま゛ま゛をごろずづもりっ!?」 餡の関係から言えば、成田さんのありすにそう言う権利はあった。そして続けて言った。 「いっでおぐげど、ありずがあのでいぶをあいじであげながっだら、あなだはうまれながっだのよ!? わがっでるの!? あなだはままをごろぞうとしているのよっ!」 「ありすのおかーさんは、れいむおかーさんとまりさおかーさんよ」 ありすは踏みつけたことにより、熱が冷めたのか冷たくそう言うと、成田さんのありすをずりずりと引っ張り始めた。 「ふんっ、なにいっでるの! ばりざはあなだをそだでただけでしょ! あなだのままはありずよっ! ままをごろずなんでとかいはじゃないわ! レイパーとままごろしだったらどっちがいなかものかしらっ!? ありずはだれもごろじだごどはないわっ!」 ありすは成田さんのありすのマシンガンのような言葉にも一切反応せず、その体を引っ張っていく。 車道へと。 歩道と車道の境。あと少し出れば車道。そのもう少し出れば轍であろうそこに、ありすは成田さんのありすを引きずっていった。 何をするのか、ようやく成田さんのありすも理解出来たようだ。 成田さんのありすが何か言おうとする。また「ままを殺すのか」とでも言うつもりだったのかもしれない。 ただ、それより先にありすが一言、言った。 「あかのたにんが、おかーさんづらしないでね」 ブンッ、とありすは口に咥えた髪を振るって、成田さんのありすを車道へと放り投げた。 轍へと着地した成田さんのありすは、何かを叫ぶ前に、ちょうどよく通ったワゴンのタイヤによって踏み殺された。 辺りに飛び散るカスタードクリーム。不恰好に潰れた皮。コロコロと歩道へと転がってきた眼球。 拍子抜けするぐらいあっさりと、成田さんのありすは死んだ。 呆然としている私の足元に、何かが擦り寄ってきた。 顔を下に向ける。れいむだった。 「れ、れいむ……」 「ゆぅ……さきをこされちゃったよ……」 「れいむ、知ってたのか……?」 「うん」 「ありすから聞いたのか?」 「ちがうよっ、でもありすはうそがへたなんだよ」 「れいむも、あのありすを殺すつもりだったのかい?」 「ゆっくりしてたけっかがこれだよ」 成田さんのありすの死は、事故ということで処理された。目撃者である一人と二匹が揃って同じ証言をしたのだから。 成田さんのありすと仲良くなったありすが、うっかり公園の外まで連れて行ってしまって事故にあわせてしまった。 私は公園の皆に、そう説明した。 その後は不幸な出来事が起こってしまったがゆえに、そのまま解散となった。 皆が立ち去る中、私はレイパー事件のことについて成田さんに何か言おうかと思ったが、回収できたありすの死骸に向かって泣いている成田さんを見ると、そんな気もなくなった。 成田さんも成田さんなりに、ありすを可愛がっていたのだろう。どんなやり取りがあったかは知らないが、ありすの要望を聞いてやろうと思ったのかもしれない。 …………だが、後日窓の修理代ぐらいは貰おうかと、思った。白を切られたら諦めよう。 家に帰ると、まりさは起きていた。 相変わらず元気は無いが、目は開かれていた。きっと、れいむとありすと帰りを待っていたのだろう。 「ただいま、まりさ」 『おかーさん、ただいま』 家に帰るとまず、れいむとありすはまりさの所へと向かった。 まりさは穏やかな目をしていた。かつてのようなゆっくりらしい無邪気で元気なものではなく、これから死に逝く者の、穏やかな目だった。 「れいむ、ありす……。きょうはなにをしたの?」 「ゆっ……」 まりさの質問に、れいむは押し黙った。押し黙って、そのまま俯いてしまった。 ありすも顔を逸らしこそしなかったが、口を開けずにいた。 「まりさにかくれて、なにかした……?」 その質問がまりさの口から出た時、私はれいむとありすよりも飛び上がるかと思った。 もちろん私は飛び上がらなかったし、れいむとありすも飛び上がらなかった。 だが、皆内心で汗をかいていたと思う。 「ゆっ、なにかって、なに……?」 いつもと違う尻すぼみな口調で、れいむは逆に訊ねた。 「ゆっくりできないことだよ……」 「な、なにもしてないよ」 「ゆっ、そうよ」 まりさと言葉にれいむが慌てて言い、ありすもそれに追従した。 私もれいむもありすも、まりさに本当の事が言えないでいた。 これから死んでいくであろうまりさに隠し事をすることよりも、変な心配をされたままの方が、嫌だと思ったからだろうか。 理屈は後でいくらでもこじつけられるだろうが、今この時、私はれいむとありすの嘘を告発する気はなかった。 「おちびちゃんはまりさにないしょで、だいじなことをしたんだね……」 だから、まりさがそう言った時、私は心が読まれたのかと思った。 だが、そうでは無いようだった。まりさは私と同じく驚いているであろうれいむとありすの顔を見据えると、静かに、言った。 「れいむ、ありす……おくちがぴくぴくしてるよ。ふたりはうそをつくとき、そうなるんだよ。 まりさににて、ふたりともうそがへただね……」 何でもない言葉だ。他愛ないやり取りだったかもしれない。けれども私は、動くことが出来ずに息を止めた。 ざまみろ、と柄にもなく心の中で叫んでいた。 餡の繋がりだとか、実の親だとか、まりさはそんなもの軽々と無視したかのように思えたのだ。 まりさは、まりさとれいむとありすの連続性を証明した。理屈ではないが、餡の繋がり関係ないじゃん、と私は一人呟いた。 れいむとありすは何も喋らず、ただ、泣きじゃくっていた。 翌日、朝を迎えるとまりさは息を引き取っていた。 残された姉妹は二匹、そっと親の亡骸に黙祷を捧げた。 朝日を浴びるまりさの死に顔は、とっても安らかだった。 おわり ───────────────── これまでに書いたもの ゆッカー ゆっくり求聞史紀 ゆっくり腹話術(前) ゆっくり腹話術(後) ゆっくりの飼い方 私の場合 虐待お兄さんVSゆっくりんピース 普通に虐待 普通に虐待2~以下無限ループ~ 二つの計画 ある復讐の結末(前) ある復讐の結末(中) ある復讐の結末(後-1) ある復讐の結末(後-2) ある復讐の結末(後-3) ゆっくりに育てられた子 ゆっくりに心囚われた男 晒し首 チャリンコ コシアンルーレット前編 コシアンルーレット後編 いろいろと小ネタ ごった煮 庇護 庇護─選択の結果─ 不幸なゆっくりまりさ 終わらないはねゆーん 前編 終わらないはねゆーん 中編 終わらないはねゆーん 後編 おデブゆっくりのダイエット計画 ノーマルに虐待 大家族とゆっくりプレイス 都会派ありすの憂鬱 都会派ありす、の飼い主の暴走 都会派ありすの溜息 都会派ありすの消失 まりさの浮気物! ゆっくりべりおん 家庭餡園 ありふれた喜劇と惨劇 あるクリスマスの出来事とオマケ 踏みにじられたシアワセ 都会派ありすの驚愕 都会派ありす トゥルーエンド 都会派ありす ノーマルエンド 大蛇 byキノコ馬
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総合 - 今日 - 昨日 - 最終更新日:2008年11月08日【 更新者:MARU (201回更新箇所:201年度楽天の軌跡1件追加) 】 画像保存 楽天の軌跡(190~200史) 楽天の軌跡(180~189史) 楽天黄金時代の始動(第170史)
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ハイブライドの軌跡(作成途中) ハイブライドの歴史です♪
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私はゆっくりを三匹飼っている。 結構な年をめしているゆっくりまりさと、成体と子ゆっくりの境ぐらいの、ゆっくりれいむとゆっくりありすである。 ゆっくりに詳しい人ならば察しはついていると思うが、ゆっくりまりさとゆっくりれいむは実の親子であるが、まりさとありすは餡が繋がっていない。 ありすとれいむは半分餡が繋がっている。 そう、ありすはレイパーありすに親れいむが襲われた結果生まれた子だった。 夜、夕食が終わった後私は飼っているゆっくり三匹と共にゆっくりした時間を過ごしている。 甘い物(ゆっくりに合わせて)でもつまみながらゴロゴロしてテレビを見るのだ。素晴らしき怠惰な時間。 それほど長い時間許されるわけではないが、短い間ながらもこの時間は至福の時である。ゆっくり達もこの時間は大好きなようだ。 「ゆゆ~、おにーさん、ゆっくりチャンネルをかえてねっ」 まりさが横になっている私の腰元によりかかりながら言った。ちょうど見ている番組が終わって、その後に放映される番組はあまり面白くない。 よって私はまりさに同意し、テレビのチャンネルを変えようとする。 「ありす~、リモコンとってくれ~」 私の声に顔を向けていたありすが「ゆっ?」と振り返る。 一拍置いて「ゆっくりわかったわ!」と応えてリモコンをとろうとするが、 「ゆっ? ゆっ? リモコンさんどこにあるのかしら?」 見つからないようでその場でキョロキョロしている。 「ありす、リモコンさんはしんぶんさんのうしろだよ!」 そんなありすに、うつ伏せに横になっている私の背中に乗るれいむ──ありすの姉が助け舟を出した。 れいむの言葉通り死角になっていた新聞の裏を見て、そこにあったリモコンを口に咥えてありすはリモコンを持ってきてくれた。 「はいっ、おにーさん」 「ありがと、ありす」 ありすからリモコンを受け取り、適当にチャンネルを変えていく。 特にめぼしいものはやっていないか、と思いながら変えていくと、ゆっくりを題材にしたドキュメンタリーが放映されていた。 他の人よりゆっくりに興味のある私は自然とそこでチャンネルを変える指を止め、ゆっくり達もその番組に興味を抱いたようなので、結局その番組を見ることにした。 その番組の主役は、野生のゆっくりの一家のようだった。まりさとれいむの番だ。 冒頭でなんと、れいむがが狩りに出ている間にまりさがレイパーありすの襲撃を受けた。これには私もゆっくり達も驚いた。 ゆっくりは突然の強姦現場に。私はこんな場面をゴールデンで流してよいのかという思いで。 『い゛や゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!! やべでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!』 『んほぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!! ありずのあい゛をうげどっでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!』 動物の交尾もテレビで放送しているから良いのかもな、と私が思い直していると、テレビを見ていたありすが「ぷんぷん!」と頬を膨らませていた。 「レイパーはゆっくりできないわ! とかいはじゃないわね!」 そのありすの言葉に、私もまりさもれいむも何も言わない。 ありすは自分がレイパーありすから生まれた境遇からか、いわゆる『性的なこと』に普通のゆっくりよりも強い嫌悪感を抱いていた。 特にレイパーありすは許せないらしく、昔、外に散歩に連れて行った時に見たレイパーありすの強姦現場に割って入ってレイパーありすを倒そうとした。 その現場はありすではなく私が止めた結果になったが、とにかく、ありすはレイパーが嫌いだった。 テレビはレイパーありすが好き放題すっきりし、襲われたまりさが息も絶え絶えになっているところだった。 ありすはそのままれいむとまりさの巣を出て行って、巣に弱ったまりさが残される。 れいむが狩りから帰ってきてその事実を知るのはこの二時間後らしい。編集でカットされたため見ている側としてはすぐ後に見えるが。 狩りから帰ってきたれいむは、弱っているまりさと膨らんでいるお腹で何が起こったのか察したらしく、怒り狂った。 だが怒りよりもまりさへの心配が強いのか貯蔵していたエサと飼ってきたエサを与えたり、かいがいしく看護をし始めた。 ここで場面はまた飛ぶ。今度は二日後だった。 まりさは元々病弱だったのか、はたまた襲われたダメージが酷かったのか、れいむの看護がありながら二日経ってもあまり回復はしていないようだった。 そうして、その後急に産気づいたまりさが己の命と引き換えに一つの命を生み出した。まりさの腹から生まれたのは、ゆっくりありすだった。 子ありすが生まれたと同時に息を引き取ったまりさ。テレビの中のれいむは「ばりざぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」の滂沱の涙を流していた。 うちのゆっくり達も「ゆぐっ、えぐっ」ともらい泣きをしていた。後姿のため泣き顔は見えないが。感受性の強い子達である。 さて、どうなるのかと私は思う。 れいむはどうするのか。この子ありすを育てるのか、それともレイパーの子、まりさの命を奪った子として殺すのか。はたまた捨てるか育児放棄か。 どれをとっても、正解ではないし間違いではない。レイパーありすの事件なんて珍しいことではない。 その場合の被害者となったゆっくり達も、生んだゆっくりもいただろうし、堕ろすか、堕ろす術を知らなかったら産んだ後殺したゆっくりもいるだろう。 どっちが正しいのか。それは一概には言えない。正解なんてないのかもしれない。 それでも、産んで愛情をもって育てるのは稀な方だろう。そしてこのれいむは稀な方だった。うちのまりさと同じく。 番組のれいむはまりさが命と引き換えに残した子ありすを我が子のように大切に育てた。 泣いたらあやしてやったり、エサを採ってきて食べさせたり、ゆっくり出来ない事を教えてあげたり。 ありすはそんなれいむの愛情を受けて、すくすくと育った。このまま幸せに、何事も無くすごしていければ幸いなのだろうが、そうなると番組があまり成り立たない。 案の定と言うべきか、問題が起こった。まりさがレイパーありすに襲われ、そうして生まれた子供をれいむが育てているのは、群れのゆっくり達に広まったらしい。 決して表立っては言われなかったが、陰で色々と他のゆっくり達が噂している場面がテレビに映る。 曰く、『自分のではない子を育ててゆっくり出来るのか』と。 そんな噂は、ありすの耳にも届いた。薄々感づいていたらしく、自分が育ての親であるれいむの子ではないと分かると、やっぱりといった顔をした。 ゆっくりの表情は本当に分かりやすい。 ふと、そこで私はテレビを見ているありすの後姿を見る。この番組を見て、ありすはどう思っているだろうか。 いくら思考が単純なゆっくりと言えども、私とは他の生物だ。その気持ちを完全に推し量ることは出来ない。 ただ、ありすの後姿からは私はなんの情報も読み取れなかったがので、再び視線をテレビへと移した。 番組ではCMを明けて、子ありすと親れいむが喧嘩している場面から始まった。 どうやら何処かに行こうとしているありすをれいむが必死に止めようとしているらしい。 そしてその何処か、とはありすの実の親であるレイパーありすの所らしい。 実の親に会いたい。その気持ちは分からないでもないが、それでは育ての親であるれいむが軽視されている気がした。 ありすは必死に実の親を探しに行くといい、れいむはそれを懸命に止めようとしている。行かないでくれ、と。 ゆっくりは実の親子であれば顔を見ればすぐに相手がそうと分かるらしい。不思議な生態だ。 だからありすも実の親と直接会えれば分かるだろうから、決して無謀というわけではないだろう。 だが会ったことも無い、情報も全く無い野生のゆっくりを探そうと思えば一朝一夕では済むまい。 巣に帰らず旅になるかもしれない。すると残されるのはれいむのみとなる。それが、れいむにとっては嫌なのだろう。 親子喧嘩は白熱し、ありすは口論の末に大声で叫んだ。れいむに言葉をぶつけた。 「あかのたにんが、おかーさんづらしないでねっ!」 その言葉を聞き、私は思わず呆然としてしまった。 それは、言ってしまったらダメだ。それを言ってしまっては、終わりだろうと。 画面のありすはその後れいむの制止を振り切って巣を飛び出すが、ボロボロになって探しても親は見つからず、結局ほうほうの体で巣へと帰ってきていた。 何日かぶりの再会に親れいむは涙し、ありすはそんな親の姿に涙した。 その後二匹は仲直りし、これで泣けるでしょと言いたいかのようなハッピーエンドとなったが、私はさっきのありすの言葉が忘れられないでいた。 私は無意識の内に、ゆっくり達の後頭部へと視線を移していた。 ゆっくり達は「よかったね~」などと笑顔で感想を言い合ったりしていた。数十分前のことは、あまり覚えてないかもしれない。 まりさの伴侶であり、れいむとありすの実の親である親れいむは、既に亡くなっている。 別にレイパーありすに犯し殺されたわけではない。ではないが、それがきっかけだったかもしれない。 まりさとれいむは私が野良だった二匹を拾ったのだが、れいむはどうやら生まれつき体が弱かったらしい。 それがレイパー事件を境に悪化し、ありすを産んだ六日後に息を引き取った。 それでもその六日間は濃密な日々だったらしく、ありすは今でも親れいむの思い出話を嬉しそうに語る。 記憶力が軒並み悪いと言われるゆっくりの中では、なかなかの記憶力である。それだけ、ありすの中で親れいむの存在は大きかったのだろう。 私はゆっくり関係でとある集まりに属している。 ゆっくりんピースのような大それた団体でも、虐待コミュニティのような熱心さでもない。 本当に、ただ近隣でゆっくりを飼っている人たちが、ゆっくりを連れて集まって、だべったり遊んだりする程度の、ゆる~い物である。 もっとも、親れいむが死んでからはありすが塞ぎこみがちだったので、ここ数ヶ月はあまり顔を出していないが、そろそろいいだろうと判断した。 次の日曜日、近所の市民公園に集まるらしいので、私もゆっくり達を連れてそこに行くことにした。 その旨を伝えるとまりさとれいむは久しぶりに友達に会えると色めき立ち、ありすは友達が出来るかな、と目を輝かせていた。 この集まりには飼い主同士の交流だけでなく、ゆっくり同士の交流もある。 ゆっくり同士で友達になって遊んだり、中には番になったりする場合もあるらしい。 まりさとれいむは親れいむが死ぬ前に何度か集まりに行ったことがあり、友達も何匹か出来ていた。 その友達に久しぶりに会えるので楽しみなのだろう。 私はまりさとれいむだけでも友達に会いに行くかと聞いたことがあったが、 「ありすをほうってゆっくりできないよ!」 と、返されてしまった。そう言われては無理に連れてはいけない。 家族の交流に水を差すことは、私には出来なかった。 そうして次の日曜日。私はゆっくりを連れて近くの市民公園に来ていた。 かなりの広さを誇る芝生が一面に広がっており、幼児向けの遊具も多くある。 ゆっくり飼い主達の集まりは芝生にて、既に幾人かの奥様方やお兄さんお姉さん、お爺さんお婆さん方らはビニールシートを広げている。 弁当やお菓子、茶などを持ち寄った、ちょっとしたピクニックのようである。 私も青いビニールシートを敷いて、バスケットで運んできたゆっくり達を外に出した。既に他のゆっくり達は元気に芝生を駆け回って遊んでいる。 まりさとれいむは、この度この集まりのデビューとなるありすを連れて遊んでいるゆっくり達の方へと跳ねていった。 「みんなにありすをゆっくりしょうかいするよ!」 「みんな、ひさしぶり! ゆっくりしていってね!」 元気良く跳ねていくゆっくり達の後姿を見送りながら、私はビニールシートに腰を下ろした。 既に他の方々はお茶菓子などを広げて談笑に花を咲かせているようだ。しばらくぶりなので、私も挨拶をしに行こうか。 まだ昼前なのでお弁当はもう少し経ってからだろう。私が皆様に配ろうと思っていたクッキーを取り出すと、知った声が後ろからかけられた。 「久しぶりですね」 その声に反応し、振り返るとやはり見知った姿がそこにはあった。 「麗子さん、お久しぶりです」 ペコリと会釈をすると、彼女──麗子さんは「呼び捨てでいいのに」と言いながら、私の隣に腰を下ろした。 麗子さんはこの集まりの中では、私が一番よく話す人物だった。年が同じということもあり、よくゆっくりについて語り合ったりしたものだ。 今は確かゆっくりありすを飼っているはずだ。 「どうしたの。全然来ないから心配してたんだよ」 「ちょっと、こっちのゆっくりの家族事情が込み入ってまして」 「と、いうと?」 私は保温水筒に入れてきた紅茶とクッキーを麗子さんの分も一緒に広げながら、話すかどうか悩んだが、 「みんなっ、れいむのいもうとのありすだよ! ゆっくりしていってね!」 「ほらありす、みんなにごあいさつだよ」 「ゆぅ……ゆっ、ゆっくりしていってね!!」 ありすを皆に、自慢げに紹介しているれいむとまりさを見て、別に隠すことでもないかと思い直した。 「あのありす、見えますよね?」 「……うん、でも確か……」 「はい、まりさの伴侶はれいむでした」 「じゃあ、もしかして」 「お察しの通り、レイパーありすです」 私は事件の事を麗子さんに話し始めた。 あれは私が、まりさと子れいむを連れてゆっくりフードを買いに行っている間に起こったことだった。 私は最初、ゆっくりにあげるゆっくりフードについて悩んだ。どれをあげれば良いのかと。 知り合いに聞いたが、それでもれいむとまりさにあげるエサの条件に合うゆっくりフードは複数あったので、いっそのこと本人に選んでもらうかと思い、以来ゆっくりフードを買う時は食べるゆっくり達本人を連れて行っている。 あの日は親れいむの体調が芳しくなく、親れいむは家で留守番の運びとなった。 美味しいご飯を買ってくるからゆっくり待っていてね、と言うと親れいむは笑顔で「ゆっくりしているよ」と答えた。 そうして私がまりさと子れいむを連れて家に帰ると、そこには顎の下を膨らませてぐったりしている親れいむがいた。 私はすぐさまそれがレイパーありすの仕業だと理解した。窓は割られており、そこから侵入したと思われた。 まりさと子れいむは泣きじゃくって親れいむに寄り添ったが、命に別状は無かったようで安堵していた。 産もう、と最初に決断したのはまりさだった。親れいむが産みたいと思うなら、産もうと。 親れいむはというと、笑顔で「ゆっくりあかちゃんうむよ」と言っていた。 私は聞いた。なんでレイパーの子を産むのかと。 大体においてレイパー被害者のゆっくりは堕胎を選ぶ(野生ゆっくりの場合は胎生妊娠の場合は堕胎が出来ないので産んでから殺すか育児放棄をする)。 それなのになんで産むのかと。 二匹はこう答えた。 「ゆっくりしたあかちゃんにあうのに、りゆうなんかいらないよ」と。 その後親れいむは無事にありすを出産し、その後六日は家族仲良く過ごした。 皆、餡の繋がりなんか知ったことかと言わんばかりに、本当の家族のように仲良く過ごした。いや、ようにではないな、本当の家族だった。あの四匹は。 だが、傍目からは分からなかったが(少なくとも私とゆっくり達は気付けなかった)、親れいむは日に日に衰弱していったようで、六日目に静かに息を引き取った。 まりさも、子れいむも、ありすもわんわんと泣いた。涙が枯れるのではないかというほど泣いた。 その後しばらくありすは生まれたばかりの頃とは打って変わって塞ぎこんでしまった。 「だからしばらくは、ありすが落ち着くまで来ないようにしてたんです。まりさとれいむもありすに付きっ切りでした」 「そうだったんだ……」 私と麗子さんは、どちらともなくゆっくり達へと視線を向けた。 そこでは集まったゆっくり達にありすを紹介して周っているまりさとれいむが居た。 しかし、周りのゆっくり達は皆首を傾げている。皆知っているのだ、まりさの伴侶はれいむだったはずと。 だから、家族として紹介されたありすに疑問を抱いている。 「むきゅ、まりさのおくさんはれいむのはずよ」 「なんでありすなの?」 「わからないよー」 ゆっくり達は皆口々に疑問をぶつける。 中には 「そのこはまりさのおちびちゃんなの?」 と、ストレートに聞いてくる者もいた。 だが、まりさとれいむはそんな質問にも毅然としていた。 「ぷんぷん、れいむとありすはまりさのじまんのおちびちゃんだよ!」 「ありすはれいむのじまんのいもうとだよ!」 そう言われては何も言えない。ゆっくり達は口を噤んだ。 しかし、ゆっくりが単純なのかここの集まりのゆっくりが単純なのか、十分後には皆そんな事は気にしなくなり、ありすも混ぜてみんなで楽しく遊び始めた。 皆実に良い子達である。 「…………ん?」 私はふと、見知らぬゆっくりを目にした。 別に私は全てのゆっくりの見分けがつくわけではない。だがここの集まりのゆっくり達は大体覚えている。 それになにより、そのゆっくりは装飾品に普通のゆっくりにはない飾りをつけていた。 「麗子さん、あのゆっくりって……」 「あの……? あぁ、あれは成田さんのゆっくりよ」 「成田さん?」 「ほら、あそこ」 麗子さんが指差す先、そこにはそこには私より二つか三つばかり年上の人たちのグループがあった。 そしてそこに、私の見覚えの無い顔を見つけた。 「あの人ですか」 「そう、君が来ない間に新しく来始めたの。なんでも家がお金持ちらしくてね、ゆっくりにも結構お金かけてるんだって」 言われ、ゆっくり達のグループに目を戻した。 先ほど目に付いたゆっくりは、髪につける装飾品にまた別の飾りをつけていた。ブローチだったり金の刺繍だったりと。 確かに遠めに見ても高そうだとは思えた。 そんな高そうな飾りをつけているゆっくりはれいむ種まりさ種ありす種ぱちゅりー種ちぇん種みょん種といた。六匹も飼っているとは。 ゆっくり達は生まれつき持っている自分の装飾品が命の次に大事だ。それがなくてはゆっくり出来ないからだ。 自分の生まれつきの装飾品ではなく、人間が用意した別のリボンなどをつけてゆっくり出来ないと泣くゆっくりがいたが、自前の装飾品に何か手を加えることはいいらしい。 それこそ物によってはよりゆっくり出来ると喜ぶそうだ。 あの高そうな追加飾りも、その一つだろう。 「後で挨拶しておこうかな」 その後お昼時となり、飼い主ゆっくり皆入り交ざってのお弁当タイムとなった。 私は麗子さんと一緒に先ほど成田さんが居たグループに混ざった。麗子さん程話したことはないが、皆見知った仲である。久しぶりに来た私を歓迎してくれた。 成田さんにも挨拶しようかと思ったが、成田さんのゆっくりは結構なグルメでわがままらしく、成田さんは自分のゆっくりにエサをあげるのにつきっきりで忙しそうだったので辞めておいた。 「どぼじでいづものじゃない゛の゛ぉ!?」だとか「こんなおそとでたべるなんていなかものだわっ!」と成田さんのゆっくり達の声が届いて、私達は苦笑いした。 ゆっくり達はゆっくり達で(成田さんのゆっくりを除いて)仲良く雑談しながら楽しくお弁当を食べていた。 成田さんちのようなセレブ~、なゆっくりにこんな集まりは場違いなのではと思ったが、遊んでいる時は本当に楽しそうに遊んでいたので、それほどでもないようだった。 「む~しゃ、む~しゃ、しあわせ~♪」 「むきゅ、ありすすごいたべっぷりだわ」 「とってもとかいはだわ♪」 ありすは早速仲の良い友達が出来たようで何よりだ。麗子さんのありすとも仲良くなったようだし。 後で聞いたことだが、どうやらありすは体格が良いようで、ゆっくりの仲では優しい力持ちのような印象を受けていたらしい。 あまり想像が出来なかったが、ゆっくりがゆっくりについて語ったものなら、間違いではないのだろう。 この日は私にとってもゆっくり達にとっても充実した一日となった。 やはり来て良かった。遊びつかれてぐっすりと眠っているゆっくり達の入ったバスケットを抱えて、私は帰り道、そう思った。 集まりの日以来、れいむとありすはしきりに次に皆と会える日はいつかと聞いてきた。 「ゆゆ~、おにーさんつぎはいつみんなにあえるの?」 「みんなとゆっくりしたいわっ」 「まだ未定だよ」 足に擦り寄りながらそう訊ねてくるニ匹を見て、まりさはどうしたのかと思った。 まりさはというといかにも興味無いといった仕草であさっての方向を向いているが、ちらちらとこちらを窺っているのがあからさまに分かる。 「まりさは気にならないのかい?」 「ゆっ!? まっ、まりさはおとなだからみんなとあえなくてもゆっくりできるよ!」 嘘だった。 口の端がぴくぴく動いている。まりさは嘘をつく時、そうなる癖があった。 「まりさ、口の端が動いてるよ」 「ゆっ!?」 まりさにはこの癖を何度か指摘したが、一向に直る気配は無かった。 結局、まりさも友達に会いたいのだろう。私は微笑ましさに口元を緩めながら、ネットの掲示板やメールをチェックする。 まりさはれいむとありすにも癖を指摘されて、「ゆっくりうそじゃないよ」と言い訳をしていた。 「おにーさん、あのピカピカしたこまたくるかな?」 「ピカピカ? ……あぁ、成田さんとこのか」 確かに装飾品はピカピカしてたな。 「会いたいのか?」 「ゆゆっ!? ちがうよっ、ちょっときになっただけだよ!」 そう言うれいむの口元もピクピク動いていた。 その二週間後の日曜日、再びゆっくりと飼い主達が集まった。結構暇人が多いのか、前回と同じくかなりの出席率だった。前回居た人の中では成田さんだけがいない状態だった。 前回と同じ公園であった。このような場所を選ぶのは、ゆっくり達が元気良く遊べるようにと配慮した結果である。 「皆、今日はどうするんだい?」 「まりさはおともだちとひなたぼっこするよ」 「れいむはみんなとこうえんをぼうけんするよ!」 「ありすもよっ!」 まりさは公園の中心で同年代のゆっくり友達と遊び、れいむはありすと、その他数匹の友達と一緒に公園を隅々まで散歩するらしい。 この公園にはゆっくりの害となる動物は住み着いていないし、飼いゆっくりの証であるバッジもつけてるから安全だろう。 そもそもそれぐらいの安全が確保されている所でなければ、ゆっくりをおいそれと連れてはこれない。 「それでも心配なんですね」 「まぁ、ですね」 私はれいむとありす達の後を尾行していた。麗子さんと一緒に。 気付かれない程度の距離を保って、ゆっくりと後を追う。目先の楽しみに夢中なゆっくり達は滅多なことでは後ろを振り向かないから気付かれないだろう。 れいむ達はまず、公園を四角に見立てた際の辺を辿って一周するようだ。 あまり外に出たことのないありすは色々と珍しいのか、なんでもないような物にさえ目移りしながら跳ねている。 「ありす、ゆっくりしないとあぶないよっ」 「ゆゆっ、ゆっくりきをつけるわおねーちゃん」 足元がお留守で危なっかしかったが、れいむの注意や他のゆっくり達が気を使ってくれたおかげで何事も無く四角形の角まで辿り着いたありす。 柵に囲われた向こう側には、公共道路がある。歩道を人が往き、車道を車が駆け抜けている。 「ゆ~? おねえちゃん、あれは〝くるまさん〟?」 「そうだだよ、ぶつかったらゆっくりできないからここからでちゃだめなんだよ」 「ゆっくりわかったわ」 そう言えばありすは車を生でを見るのが初めてだったか。 外に出る時も大体はバスケットに入れて運んでいるから外は見れないだろうし。 車の危険性をいざという時のために教えておいた方が良かったかと思ったが、この機会に実際に目で見て学んだだろう。 その後れいむとありす達は公園をグルッと一周したが、特に目新しいものは無かった。 もっとも、それは私から見た感覚であったため、ありすにとってみれば違った感じ方をしたのかもしれないが。 この日もいつも通り、飼い主達とゆっくり達の交流はつつがなく終わり、陽が紅くなるころ解散する流れとなった。 何故かこの時、ありすはしきりに公園の外の方を眺めていた。 ゆっくりの寿命について、私は何も知らない。。あまり考えたこともなかった。 実際、ゆっくりが寿命で死んだ話をあまり知らない。ゆっくりの死因の殆どが外的要因か病気だからだ。 だから私は、まりさが最初老衰だと知った時、全く動揺を抑えることが出来なかった。 あのありす二度目の集まりの日、家に帰った後──いや、家に帰る道中から既にまりさは元気が無かった。 もしかしたらそれより前に兆候があったのかもしれないが、私はまたもやそれに気付くことは出来なかった。 仮に気付くことが出来たとしても、老衰など避ける事が出来ないのだから致し方ないとしても、私はまた親れいむの時の繰り返しかと悔いた。 「ゆ~、まりさおかーさん……」 「まりさおかーさん……」 れいむとありすが積み重ねたタオルの上でぐったりとしているまりさを心配げに見つめている。 あの日曜日の日から一週間。日に日にまりさは弱っていった。 知り合いに聞いたりネットや本で調べたり。事例が少ないから調べるのに時間がかかったが、まりさのこれは老衰、つまり寿命であることは判明していた。 ゆっくりの寿命は、やはり確認できた個体数が少ないため参考程度にしかならないが、概ね三年から八年と言われているらしい。 まりさを拾って既に二年が経過している。拾った時点の大きさで生後一年以上は経過していただろうから、寿命が来たとしてもありえない話ではなかった。 それに、調べた事例の中でも野生のゆっくりは寿命が短い傾向にあった。 「ゆぅ……おちびちゃん、ゆっくりしていってね」 『ゆっくりしていってね…………』 まりさの弱弱しい挨拶に揃って返す二匹。 まりさはそんなれいむとありすに満足気に微笑むと、私に向かってこう言った。 「おにーさん、おちびちゃんたちをつれていってあげてね……」 「なんだ、知ってたのか……」 実は今日も、皆で集まらないかという呼びかけがあった。麗子さんから来た呼びかけの電話をまりさは聞いていたのだろう。 私はまりさがこんな状態なので行く気は無かったし、れいむとありすが多分行かないと言うだろうと思っていた。 前にありすが塞ぎこんだ時は、まりさともれいむも一緒になって家から出ずありすに付きっ切りだったからだ。 しかし、そんな私の考えに反してまりさはれいむとありすに、細々とした声ながらも 「おちびちゃんたちはゆっくりあそんでね……。おちびちゃんがゆっくりしてると、まりさもうれしいよ……」 そう、笑顔で言ったのだった。 れいむとありすは何か言いたげだったが、何も返さなかった。 ただこくり、と頷いた。私は二匹は家に残ると思っていたのだが、まりさの笑顔に負けたのか、それとも何か別の思いがあったのだろうか。れいむとありすの後姿は、ぴくぴくと震えていた。 どちらにせよ、一週間後に私はれいむとありすを連れてあの公園に行くことになった。 過去の事例からして、恐らくまりさが親れいむと同じ所に行くのも、一週間後ぐらいだろう。 「そう、まりさちゃんが……」 「まぁ、寿命で死ねるなら、ゆっくりした生涯だったと言えなくもないですが……」 「そればっかりは、どうしようもないね」 「せめて幸せに逝けることを願ってますよ」 次の日曜日、私はまりさの願い通り、れいむとありすを連れてあの公園に来ていた。 まりさはあれから、日に日に一日あたりの睡眠時間が増えていた。 今もきっと、留守番しているまりさは寝ていることだろう。 れいむとありすは公園の冒険にまた出ている。今度は別々、一匹だけで周ってみるそうだ。 私が座っているビニールシートから見える範囲では、成田さんのゆっくり、れいむ種まりさ種ぱちゅりー種ちぇん種みょん種が他のゆっくりの視線を集めていた。 「…………ん?」 よく見てみる。高そうな装飾品を付けている成田さんのゆっくり。確か六匹いたはずだ。 だが、今ここから見える範囲では、五匹しかいない。どこか別の場所にいるのだろうか。 ────嫌な予感がする。 「麗子さん、ちょっとれいむとありす探してきますね」 「また心配?」 「えぇ、ちょっと」 立ち上がり、私は公園を駆けた。その足は無意識的にある場所を目指している。 第六感としか言い様の無い感覚に突き動かされ、私は走った。 公園の外へと。 「ゆっくりはんせいしたかしら?」 ありすのその声が聞こえて、私は足を止めた。 何故かそのまま、気付かれぬようにそっと身を伏せていた。視線の先には、私の飼っているありすと、成田さんのありすがいた。 「なにをはんせいするの!?」 公園の外の歩道。今こそ人がいないそこで、二匹は向かい合っていた。成田さんのありすは頬を膨らませて怒っている。 「あなた、ありすのおちびちゃんでしょ? すぐにわかったわ」 成田さんのありすは、自分の言葉にありすが答える前に膨らませていた頬をしぼませ、そう言った。 言われたありすは、何も答えない。 私はそのやり取りを見て、ゆっくりの親子は相手の顔を見ればすぐに相手がそうだと分かるという生態を、私は思い出していた。 そして、思い、思い出す。 成田さんのありすの言葉通り、成田さんのありすがレイパー事件の犯人だった場合。 あの時窓は割られていた。普通に考えれば、ゆっくりが民家の窓を割れるわけがないとすぐに気付いたはずだ。 そう割れるわけがないのだ。野生のゆっくりが、たとえレイパーモードのありすといえども。 古い時代の薄い窓ガラスならともかく、現代の民家の窓を饅頭がそう簡単に割れるわけがない。 だが、野生のゆっくりではなく飼いゆっくりだったら? 犯行に人間が絡んでいるとしたら、どうだろうか。決して不可能ではなくなる。 人間が窓を割って、ゆっくりを投入する。人間は入らず、ゆっくりだけ。 そうすれば、野生ゆっくりの犯行に、見えるかもしれない。 「ありすのかわいいおちびちゃんが、こんなところにつれてきてなにするの?」 成田さんのありすは、小ばかにしたような嘲笑を浮かべながら、そう言った。 言った瞬間、ありすが爆発的な速度でその体を突っ込ませた。 激突。成田さんのありすはありすに体当たりされ、吹っ飛んだ。 「ゆびっ!?」 そしてそのまま、ありすは成田さんのありすを踏みつけたはじめた。 成田さんのありすの上で、何度も何度も跳ねて、踏みつける。全体重をかけた渾身の攻撃を。 「れ゛い゛ばーはじねっ!」 ありすは濁った怨嗟の声をあげながら、常とは違う怒りの形相に顔を歪ませていた。 成田さんのありすは、ありすに踏まれる度にカエルの潰れたような声をあげながら、その体をボロボロにしていった。 何度も何度も、何度も何度も。 ありすが連続で踏みつけることによって、成田さんのありすは顔面ボロボロ、髪もボサボサ、皮も破れているところがあるという有様になっていた。 五十回か百回だろうか。数えてはいないがそれぐらいだと思える程には踏みつけたありすは、成田さんのありすから降りてその髪を咥えた。 成田さんのありすはまるで虐待趣味の人間に出会った後のようにボロボロに見えた。 だがまだ体力的に余力はあったのだろう。成田さんのありすは先ほどのありすの声に負けない程の声量で言った。 「ゆびゅっ……なにずるの! あなだま゛ま゛をごろずづもりっ!?」 餡の関係から言えば、成田さんのありすにそう言う権利はあった。そして続けて言った。 「いっでおぐげど、ありずがあのでいぶをあいじであげながっだら、あなだはうまれながっだのよ!? わがっでるの!? あなだはままをごろぞうとしているのよっ!」 「ありすのおかーさんは、れいむおかーさんとまりさおかーさんよ」 ありすは踏みつけたことにより、熱が冷めたのか冷たくそう言うと、成田さんのありすをずりずりと引っ張り始めた。 「ふんっ、なにいっでるの! ばりざはあなだをそだでただけでしょ! あなだのままはありずよっ! ままをごろずなんでとかいはじゃないわ! レイパーとままごろしだったらどっちがいなかものかしらっ!? ありずはだれもごろじだごどはないわっ!」 ありすは成田さんのありすのマシンガンのような言葉にも一切反応せず、その体を引っ張っていく。 車道へと。 歩道と車道の境。あと少し出れば車道。そのもう少し出れば轍であろうそこに、ありすは成田さんのありすを引きずっていった。 何をするのか、ようやく成田さんのありすも理解出来たようだ。 成田さんのありすが何か言おうとする。また「ままを殺すのか」とでも言うつもりだったのかもしれない。 ただ、それより先にありすが一言、言った。 「あかのたにんが、おかーさんづらしないでね」 ブンッ、とありすは口に咥えた髪を振るって、成田さんのありすを車道へと放り投げた。 轍へと着地した成田さんのありすは、何かを叫ぶ前に、ちょうどよく通ったワゴンのタイヤによって踏み殺された。 辺りに飛び散るカスタードクリーム。不恰好に潰れた皮。コロコロと歩道へと転がってきた眼球。 拍子抜けするぐらいあっさりと、成田さんのありすは死んだ。 呆然としている私の足元に、何かが擦り寄ってきた。 顔を下に向ける。れいむだった。 「れ、れいむ……」 「ゆぅ……さきをこされちゃったよ……」 「れいむ、知ってたのか……?」 「うん」 「ありすから聞いたのか?」 「ちがうよっ、でもありすはうそがへたなんだよ」 「れいむも、あのありすを殺すつもりだったのかい?」 「ゆっくりしてたけっかがこれだよ」 成田さんのありすの死は、事故ということで処理された。目撃者である一人と二匹が揃って同じ証言をしたのだから。 成田さんのありすと仲良くなったありすが、うっかり公園の外まで連れて行ってしまって事故にあわせてしまった。 私は公園の皆に、そう説明した。 その後は不幸な出来事が起こってしまったがゆえに、そのまま解散となった。 皆が立ち去る中、私はレイパー事件のことについて成田さんに何か言おうかと思ったが、回収できたありすの死骸に向かって泣いている成田さんを見ると、そんな気もなくなった。 成田さんも成田さんなりに、ありすを可愛がっていたのだろう。どんなやり取りがあったかは知らないが、ありすの要望を聞いてやろうと思ったのかもしれない。 …………だが、後日窓の修理代ぐらいは貰おうかと、思った。白を切られたら諦めよう。 家に帰ると、まりさは起きていた。 相変わらず元気は無いが、目は開かれていた。きっと、れいむとありすと帰りを待っていたのだろう。 「ただいま、まりさ」 『おかーさん、ただいま』 家に帰るとまず、れいむとありすはまりさの所へと向かった。 まりさは穏やかな目をしていた。かつてのようなゆっくりらしい無邪気で元気なものではなく、これから死に逝く者の、穏やかな目だった。 「れいむ、ありす……。きょうはなにをしたの?」 「ゆっ……」 まりさの質問に、れいむは押し黙った。押し黙って、そのまま俯いてしまった。 ありすも顔を逸らしこそしなかったが、口を開けずにいた。 「まりさにかくれて、なにかした……?」 その質問がまりさの口から出た時、私はれいむとありすよりも飛び上がるかと思った。 もちろん私は飛び上がらなかったし、れいむとありすも飛び上がらなかった。 だが、皆内心で汗をかいていたと思う。 「ゆっ、なにかって、なに……?」 いつもと違う尻すぼみな口調で、れいむは逆に訊ねた。 「ゆっくりできないことだよ……」 「な、なにもしてないよ」 「ゆっ、そうよ」 まりさと言葉にれいむが慌てて言い、ありすもそれに追従した。 私もれいむもありすも、まりさに本当の事が言えないでいた。 これから死んでいくであろうまりさに隠し事をすることよりも、変な心配をされたままの方が、嫌だと思ったからだろうか。 理屈は後でいくらでもこじつけられるだろうが、今この時、私はれいむとありすの嘘を告発する気はなかった。 「おちびちゃんはまりさにないしょで、だいじなことをしたんだね……」 だから、まりさがそう言った時、私は心が読まれたのかと思った。 だが、そうでは無いようだった。まりさは私と同じく驚いているであろうれいむとありすの顔を見据えると、静かに、言った。 「れいむ、ありす……おくちがぴくぴくしてるよ。ふたりはうそをつくとき、そうなるんだよ。 まりさににて、ふたりともうそがへただね……」 何でもない言葉だ。他愛ないやり取りだったかもしれない。けれども私は、動くことが出来ずに息を止めた。 ざまみろ、と柄にもなく心の中で叫んでいた。 餡の繋がりだとか、実の親だとか、まりさはそんなもの軽々と無視したかのように思えたのだ。 まりさは、まりさとれいむとありすの連続性を証明した。理屈ではないが、餡の繋がり関係ないじゃん、と私は一人呟いた。 れいむとありすは何も喋らず、ただ、泣きじゃくっていた。 翌日、朝を迎えるとまりさは息を引き取っていた。 残された姉妹は二匹、そっと親の亡骸に黙祷を捧げた。 朝日を浴びるまりさの死に顔は、とっても安らかだった。 おわり ───────────────── これまでに書いたもの ゆッカー ゆっくり求聞史紀 ゆっくり腹話術(前) ゆっくり腹話術(後) ゆっくりの飼い方 私の場合 虐待お兄さんVSゆっくりんピース 普通に虐待 普通に虐待2~以下無限ループ~ 二つの計画 ある復讐の結末(前) ある復讐の結末(中) ある復讐の結末(後-1) ある復讐の結末(後-2) ある復讐の結末(後-3) ゆっくりに育てられた子 ゆっくりに心囚われた男 晒し首 チャリンコ コシアンルーレット前編 コシアンルーレット後編 いろいろと小ネタ ごった煮 庇護 庇護─選択の結果─ 不幸なゆっくりまりさ 終わらないはねゆーん 前編 終わらないはねゆーん 中編 終わらないはねゆーん 後編 おデブゆっくりのダイエット計画 ノーマルに虐待 大家族とゆっくりプレイス 都会派ありすの憂鬱 都会派ありす、の飼い主の暴走 都会派ありすの溜息 都会派ありすの消失 まりさの浮気物! ゆっくりべりおん 家庭餡園 ありふれた喜劇と惨劇 あるクリスマスの出来事とオマケ 踏みにじられたシアワセ 都会派ありすの驚愕 都会派ありす トゥルーエンド 都会派ありす ノーマルエンド 大蛇 byキノコ馬
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くるえないぼくらは【登録タグ VOCALOID v flower く くじら 曲】 作詞:くじら 作曲:くじら 編曲:くじら 唄:flower 曲紹介 この曲が皆様の夜に寄り添えますように くじら氏のVOCALOID曲2作目。 illust 坂月さかな MIX Mastering さぶろう 僕らの夜を 2021年4月1日、YouTubeにて2021ver.が投稿された。 Illust 坂月さかな movie よしだなすび MIX&Mastering さぶろう title logo アツミ self coverも投稿されている。 歌詞 (作者piaproより転載) 水たまりに写った電球 青色こぼれ落ちた 白い鍵盤の上で踊っていたってさ 黒いショートケーキ頬張った ドレスを着たクラゲが揺れた 君が毒色になってしまう前に終わらせよう 思考停止になったストライプ麦わら帽子が飛んだ 盲目の少女は全てを知ってた 滲んで消えてった思い出が色あせただけだなんて 言わせないよ言わないでよ 君が猛毒症になっても当然の顔で明日は来て 遠く響く喧騒と回ってく未来 流行りの歌が耳を通ってく 響くハイハットの音が僕らの夜を 興味のない事やらないで溶け込んだ情景暗闇にバツ 寂れた鉄のドア幾何学模様 うらぶれて消えた酩酊感忘れてただけなんて 言わせないよ言わないでよ 僕が瞬きしなくなっても当然のように明日は来て 空に霞む群青と 変わってく未来 顔のない人形が歩いてる街に雷鳴が轟いたらきっと 都会と呼ばれたその街は嘘が蔓延していた 新しい風の在り処を誰もが探してた 街角で誰かが泣いてた腫れた目を取り出して ポケットん中探った 君が猛毒症になっても当然のように明日は来て 空に響くこの声と終わってく未来 流行りの歌が耳を通ってく 響くハイハットの音が僕らの 夜を コメント 初めて聴いたくじらさんのボカロがこの曲でした。好きです。終わらせようのところだけ今日。急に思い出して。朝からこの曲なんだっけなーんーーーとなっていて帰ってきて歌詞で調べていたらでてきてくれたんです。ありがとうございます。YouTubeでは調べてもなかなか出てこなくて。鼻歌検索でも覚えている部分が短すぎて調べられなかったんです。本当にありがとうございます。 -- 無為林檎ろごろ (2021-12-02 19 31 38) 名前 コメント
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14,宇宙原産ブルーローズ 長門のマンションには何度か行ったことが有る。管理人のおっさんとも微妙な顔見知りだったし、入り口で手間取ることは無い――そのはずだった。 だが、実際は車から出て数歩足らずで俺の足は止まってしまっている。逸る気持ちは急制動を掛けられ、慣性の法則に従いたたらを踏んだ。 「……お前か」 マンション前には見知った背中の持ち主が佇んでいた。と言っても管理人のあの人とは似ても似つかない美少女だ。彼女は長袖の北高セーラに身を包み、この冬空の下でありながら防寒具の類を他に一切身に付けていなかった。通りすがりの赤の他人が見たら十人中五人くらいは怪訝さに眉を顰めるであろう出で立ちなれど、俺はそこに何の感慨も抱けなかった。これは加齢を根拠とする感受性の鈍化とはまた別の話だ。 その服装に理解が有るのは……これは残念ながらとでも言うべきなんだろうな。 防寒具を着ていないのはソイツには真実、必要ないから。そう、気温や体温などアイツにはどうとでもなるのだ。俺たちと違って。 この非常識さんめ。 ああ、ちくしょう。もし何かの手違いで本物の幽霊に行き遭ったとしても、それでもここまで俺の背筋を凍らせることはきっと出来やしないんだろうよ。全身が総毛立つとはまさに今の俺の事だ。体育の授業が有ったら躊躇わず見学を申請するくらいには気分も悪い。 「そ、意外でしょ」 超然という言葉の意味を体言する少女の立ち姿。凛と背筋の伸びた佇まいは例えるなら桔梗ってトコか。いやいや、似ても似つかないが薔薇ってのも大穴で有り得るだろう。美少女――だからこそサソリの尻尾が可愛く思えるような棘だって隠しているんだろうよ。 艶やかな腰丈の髪やスカートは時折吹く痛烈な北風にすらなびく様子がちっとも見られない。何をどうしていやがるのか。大気なんてものは世界に無きがごとくに振る舞うソイツ。マジで情けない話だが喉がグビリと鳴るのを抑えられない。 ――勿論、恐怖でだ。 「そうでもないな。なんとなく『来るだろうな』って予想はしてたんだ」 「それって有機生命体固有の予知能力?」 「いいや、ただの勘だ。俺を驚かせたかったってんなら、そいつは期待に添えなくて申し訳無い」 「ふうん、残念。でもまあ、いいわ」 少女はゆっくりと、焦らすように時間を掛けて首を後方に倒し、そして車を降りた俺たちの方を見つめた。 眼が合う。実物を見たことは無いが、にしたって蛙を睨み付ける蛇ってのはきっとあんな感じなんだろうぜ。女子中学生が抱く淡い恋心のような「もしかしたら」は当然の如く裏切られ、少女の見ているものは佐々木でも古泉でもなく――俺である。 どうして俺なんだ、と今更言い出すほど恥知らずではないつもりだが。しかし、俺とアイツの間の関係が縁だってんなら今すぐ縁切り寺に駆け込みたいね、マジで。 「あんまり遅いから待ちくたびれちゃったの、私」 勝ち気で明るい声は相変わらずだ。谷口曰くAAランクプラスの美少女は俺へと向けて歌うように笑う。 「遅い?」 「貴方が来るのを待っていたのよ、長門さんと一緒に」 元クラスメイトが玄関の自動ドアに右手を翳すと、それはセキュリティにと設けられたパスワード入力も無しに開いた。ま、そんなんは大して驚くことでもないが。っていうか、これくらいで一々驚いていたらSOS団には在籍していられないしな。 「さ、いつまでもそんな所にぼーっと立ってないで入ったら? 長門さんに用が有るんでしょう?」 そう促し、無防備にこちらへ背後を見せてマンションの中に入っていく少女。俺たちはその足取りを自然、目で追う形となった訳だが。丁度エントランスの自動ドアのレール辺りをソイツが歩き越えた時、俺の見ている前で陽炎のように少女の姿が不自然にあるいは超自然に歪んだ。今は十二月。建築物内外の気温差は確かに有ろうが、しかし光が歪むほどであってたまるか。 はあ、少しくらいカモフラージュしてもいいだろうに。何をって? 決まってんだろ。手品の種、もしくは落とし穴だよ。 「これ、完全に罠ですよ」 古泉が言うも、んなモンは言われんでも分かってる。あのマンションに入ったが最後、東西の物理学者が押し並(ナ)べて頭を抱える不思議空間にご招待ってんだろう。ただ、それにしたって長門の部屋に向かうにはトラップゾーンを避けちゃ通れんしな。回避出来ない罠なんてゲームだと顰蹙ものだぞ。しかも事前にバレバレなら尚更だ。 現実はゲームと違うなんてのくらいは分かっちゃいるが。ルールの有無が両者を分かつ一線だな。高校二年生という若さで不条理と書いて人生と読み替えるほど悟りたくはないもんだ。 「キョン、古泉くんは気構えをしておけって言っているのさ」 あのなあ佐々木、それも通訳して貰わんでも分かってるって。気構えなんてそれこそとっくのとうだ。 お前は知らんだろうが、あの歩き去った元クラスメイトとは何かと縁が有ってな。その前に立ってリラックスしろってのが軽く無理難題になっちまうくらい、俺の中で一、二を争うトラウマメイカなんだぜ、ああ見えて。 冗談じゃなく、死にかけたし。それも一度じゃないってんだから、ああ、我が身の不幸を嘆くしかない。 「気構えを幾ら重ねても気休めにしかならん」 なるようにしかならんのがどうにも歯痒い。運命ってヤツも俺の意思をもう少しくらい汲んでくれても罰は当たらんと思う訳だが、それこそ世界がハルヒプロデュースで成り立っちまっている以上、高望みか。 「用が有るのは多分、俺一人だ。古泉、分かってるとは思うが佐々木を頼む」 立ち止まっていた一歩を踏み出す。閻魔大王の前に歩き行く心持ちであったのは否めないが、しかしここで引き返す選択肢だとか俺には持ち合わせがない。だったら進むだけだ。一寸先が闇だろうと、虎穴だろうと。 「お任せ下さい。……あなたが時間を稼いでいる間に長門さんを連れて来るつもりですが、決して無理はなさらず」 「ああ。俺だって始末書の肩代わりなんかお断りだからな」 「では、ご武運を」 ユリウス・カエサルであれば腕を振り上げて「賽は投げられた」とでも宣言するんだろうこの場面を俺たちはこうもあっさり終わらせる。 「キョン、大丈夫なんだろうね?」 佐々木の声が背中に降る。さてね、これからどうなるかなんて俺には皆目見当も付かんよ。だけど、 「ま、なんとかなるだろ」 それは俺の偽らざる本心でもあったのだから始末に負えないとはこの事だぜ、ホント。 信頼と経験と、そして男子としての強がりをスパイスにしてだらしなく開きっぱなしのマンションの自動ドアを潜る。予測して覚悟していた頭痛や吐き気はなく、しかし代わりに、 「やっぱ、こうくるよな」 持ち上げた右足で踏みしめたのはタイルの床ではなくざらりとした砂粒だった。 視界は……いや、世界は一変していた。見渡す限りどこまでも続く砂地。これはもう砂漠と言うべきか。正面、そこに一人の少女が佇んでいる。 少女――朝倉涼子は俺の姿を認めると場違いなほど煌びやかに笑った。 「いらっしゃい。招待を受けてくれてとっても嬉しいわ」 「半強制で連行しといてよく言うぜ」 本来ならばここには何の変哲も無いマンションのエントランスが広がっているはずである。しかしどう言ったらいいのか、この流れでその「何の変哲も無い」エントランスのままであったのならばきっと俺は逆に驚愕していただろう。慣らされちまってんな、とは自分でも思う。 いつか、トンデモが当たり前と完全に入れ替わっちまったら誰が責任を取ってくれるのか。誰も取ってくれやしないだろうってのは間違いないと断言してしまえるのであるから、自分をしっかり持たないと。 「あら、その言い方は変よ。私はちゃんと『ここで帰ったら見逃してあげる』ってサインを送っていたつもりよ、こう見えて」 「ああ、そうかもな。だが、お前は俺たちが『ここで引き下がれる訳が無い』ってのにも気付いていたはずだ。違うか、朝倉?」 「どうかしら。あなたたち有機生命体が時として合理的でない判断をするのも、無謀でしかない決断を下すのも知識としては持っているけれど理解は出来ないのよね。この機会に聞いてみようかな。ねえ、あなたはどうしてそんなことをするの?」 やれやれだ。首を左右に振るジェスチャでそれを伝えると同時に佐々木と古泉の不在を確認する。よし、周囲に二人の姿は見られない。どうやら本当に朝倉の用は俺一人に集約されているらしい。頼むぜ、古泉、佐々木。首尾良く長門をここに連れて来てくれよ。 贅沢は言わないが、なるべく早くな。 「お前には分からないさ」 「……そっけないのね」 どの口が言いやがる。過去、命を狙ってきたようなヤツ相手にフランクになれるのは漫画やアニメの中だけだ。現実はこんなモンさ。 「でもな、きっと長門なら分かってくれる。いや、きっとじゃない。絶対だ。アイツなら分かる。そっちに聞いてみたらどうだ?」 朝倉の眉が俺の挑発に反応してぴくりと跳ね上がった。豊かな表情を持ち、まるで人間みたいな少女だ。対しての俺の長門は世界無表情選手権シード枠で、人間らしさがとても希薄に見えたりもする。「どちらかがアンドロイドでどちらかが人間です。さてどちらがどちらでしょう?」みたいな質問をしたら百人中九十六人までもが朝倉の方が人間だと、そう回答するだろう。 でも、それでも百人中四人は長門を選ぶ。 ハルヒは。古泉は。朝比奈さんは。 そして、俺は。 「長門はお前とは違うからな」 アイツの友達で、仲間だからだ。 「違わないわよ。長門さんは対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス。私と同じ。何を言っているの?」 朝倉が幼い子供の間違いを正すように俺を諭す。本当に朝倉には分からないのだ。長門と自分の違い、ってヤツが。俺にも上手く言葉に出来ない。いや、言葉にしたら途端に陳腐になっちまう。 長門には心が有る、って。 「朝倉。お前に自分の意思は有るか?」 「意思? それも理解出来ない概念ね」 「だろうな。お前は上の言う事をこなすだけだ。長門だって大体そんな感じだしさ。出会ったばっかの頃は本気でその傾向が顕著だった」 「今はそうではないとでも言いたいの?」 今年の春には俺はもう当たりを付けていた。直接聞いた事は無いが古泉だって気付いちゃいるんだろう。長門が俺たちの前に現れた意味と、なぜ長門だったのかの答え。出会いたての折、少女は言った。ハルヒに近付いたその目的は自律進化の可能性だと。 「気付いているはずだ、お前も、『お前ら』も。違っていることには気付いていないとおかしい。ただ、何が違ってしまったのかが分からない、理解出来ないから同じだと思い込んじまってる。なあ、朝倉」 「何?」 「SF小説は好きか?」 「好きとか嫌いとか、そんなものが有ると思うの? 優先順位で言えば、」 ああ、もういい。その口振りで大体は分かった。 そして、ここまでのやり取りでおおよそは掴めたし。 「だったら今度、長門におすすめを何冊か貸して貰うといい。俺の予想が確かなら、それがお前らが必死になって探し回ってる自律進化の可能性とやらだ」 思いっきりベタな代物を銀河規模で要求する宇宙人どもだとほとほと呆れ返る。長門が無口キャラの文芸部員だってのはハルヒの望んだ通りの設定な訳だが、しかしそれは果たして予定調和だったりするのだろう。閉塞する未来を打ち砕くには読書狂の宇宙人が必要だったんだ。ま、これは今になって思う結果論だが。 「……ねえ、もしかして馬鹿にしてる?」 「少しな。なんでそんなに賢いのに、こんな簡単なことに気付けないんだとは思ってる。そう怒るなよ。いや、怒れないんだったか、お前は。感情とか無いんだもんな」 俺の言葉に朝倉は「一切の表情を消し」て「微笑ん」だ。その無表情は長門のようでもあり、長門とは似ても似つかないとも感じる。俺は知っている。朝倉の顔には能動的なあの二ミリが決定的に足りないんだ。作り物じゃない、あの奇跡の二ミリメートルが。 「長門は変わったぞ」 朝倉の視線が突き刺さるも何度だって言ってやる。いつの間にか俺は時間稼ぎが目的の問答だってのをすっかり忘れてしまっていた。友達を誇るってのはそんだけ気持ちがいいものなんだろう。 「アイツは自分から未来を見るインチキを放棄した。それが決定的で確定的な全てだ、朝倉」 「インチキ? ああ、それって異時間同位体との同期のことよね、きっと。確かに私にはまるで分からないわ。長門さんの行動はエラーとしか考えられない。どうして自分の機能に自分で制限を掛けるのかしら、彼女」 俺に向けてか長門に向けてか。違うな。多分、自分自身に向けて。そう質問する朝倉ももしかしたら変わり始めているのかも知れなかった。が、俺にはそんな朝倉になんと言って感情の理解を促せられるのか分からない。そういうのは俺の分野じゃないんだ。ま、言っても俺に分野も専門も有りはしないが。 ただの高校生にそんなモノを求める方が間違ってるさ。そうだろ? 「詳しいことは俺も分からんから、なんとなくこうなんじゃないかって予想で話すが」 そう、例えるなら、 「長門にとってその『同期』とやらは羽みたいなモンなんだろうさ」 似合わない事を言ってんなあ、と思う。いわゆる「キャラじゃない」ってヤツだが、キャラ作りなんて特別意識した事も無いからどうでもいいか。 「羽? それって空を飛ぶための?」 「ああ。俺たちには当ったり前だが、んなモンはない。空なんか飛べない。でも、お前らは持っていた。空を飛べるんなら俺たちとは生きていく場所が違って当然だ」 雲の上か、天空の城か。重力に縛られないなら、こんなせまっくるしい地上を寝床に選ぶ方が馬鹿だ。 どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。 でも俺はそんな馬鹿が巻き起こす馬鹿騒ぎってのだってたまになら嫌いじゃない。そもそもハルヒの周囲に居るって時点で筋金入りの馬鹿なんだ。俺も、そしてそれは長門も。 あの瞳に満載された液体ヘリウムは今にも溢れ返りそうな好奇心を必死にひた隠すための冷却材であるのかも、なんて俺はたまに思う訳だ。 「そうだな、俺も悪いんだろうよ。深く考えずに長門と友達になっちまったこと」 「長門さんはあなたたち地球人類と並列になろうとしたって言いたいの? そんなの有り得ないわ」 有り得ないの根拠はなんだ、朝倉? 「有機生命体のような自己連続性に立脚しない不安定な意志決定機能を私たちは持っていないの。個体の区別は付けても一時的ですら差別はしないわよ」 そんな、辞書引いて目に付いた単語を適当に配置したような台詞を吐かれてもな。友情や感情なんて理解出来ないなどと俺なりに出来る限り頑張って意訳してみたが、もし間違っていてもクレームの報告先は俺じゃないだろ、コレ。 「友達になったと思っているのは俺だけだ、ってか」 「長門さんにとっての貴方の価値は最初から不変のはずよ。涼宮さんに最も近しい特別な背景を持たない地球人類、それが貴方の全て」 宇宙製デジタルアンドロイドの少女は言う。でも、本当にそうか? いやいや、俺が普通普遍の一般人ってトコに異論は無い。そうじゃなくて。 長門が他者をどう思っているか、なんてそんなの本当のところは長門にしか分からんが。けれど誰もを特別に思わないなんて、平等に無関心だなんて。 それは無理が有るだろ、朝倉よ。 「涼宮ハルヒが文芸部室にてSOS団なる珍妙なクラブ活動を発足した時、俺はその目的を問うたんだけどな」 「何の話?」 朝倉が首を捻る。いいから聞けって。 「そん時、あの馬鹿は俺にこう返した。『宇宙人、未来人、超能力者を探し出して一緒に遊ぶ』のだ、とな。それがハルヒの願いだ。アイツの願いは」 涼宮ハルヒの願望は、 「それが本心である限り現実になる」 宇宙人だから友情を持てない? 人と仲良くなれない? うるせえ。んな訳有るか。 ハルヒが一緒に遊びたいと願ったんだ。片方だけが楽しいんじゃ、それは遊ぶとは言わない。少なくとも俺の知っている日本語ではそうはなってない。実は常識人な一面も持ち合わせているらしいハルヒもそこのとこは間違えないようになった。 だったら長門は俺たちと楽しく、そして仲良く遊べるはずなんだ。それを願うあの馬鹿が居るんだから。 俺たちが心から仲良くなれないようなら、そんな世界は嘘っぱちだ。 「長門が同期を絶ったのは――羽を切ったのは俺たち対等になりたかったとか、地球人と同じになりたかったとか、そういう立場とか打算とかじゃないだろ、きっと」 喋りながらまるで絵本でも読み聞かせているような心持ちに陥りかけたのは、目の前に居る朝倉が少しだけ、気の迷いってくらいに二ミリメートル程度、出会ったばかりの頃の長門とダブって見えたからだった。 「未来は分からないからこそ面白い。そんなハルヒズムに悪影響を受けたんじゃねーのか、長門も」 良くも悪くも影響力の強い女。まるで恒星のように周りを有無を言わさぬ引力で巻き込んで、あっという間に銀河系を作り上げちまったとは俺の印象。 それが俺たちの戴く団長サマである。 「……やっぱり、貴方はそう考えるのね」 そう言った宇宙人の瞳が俺を真っ直ぐに貫き、背骨を生理的嫌悪感が上から下までバケツリレーのように這い回る。コイツに対する態度で何かを決定的に間違ったと、経験によって培われた俺の常人離れした第六感が狂ったんじゃないかって具合に警鐘を打ち鳴らす。 「それって」 なんだ、俺は何を言った? 何をしくじった? コイツら宇宙人が求めている最終目的に関する重大なヒントを教えてやったってのに、いわば恩人の俺に対してどうして朝倉は明確な敵意を向けている? 「つまり、もう貴方は用無しってコトじゃない?」 その台詞が合図のように朝倉の姿は消えた。一瞬、このよく分からない空間に一人で置いていかれたのかと焦ったが、それ以上に俺を焦燥に駆り立てる状況に陥っていると気付いた時にはもう、身動き一つ出来なくなっていた。 喉仏が上下に動くそれだけで冷たい金属質の何かが俺に接触する。これが正しく紙一重。いつかのトラウマが色鮮やかに甦った。 「あさ……くらっ……?」 「本当は気付いていたのよ、長門さんの変化に。それでも私が貴方の前で何も知らない振りをした理由、分かる?」 失念していた。いや、あの春の出来事はジェットコースタ過ぎて正直仔細を覚えていないというのも有った。それでも……なんなんだ、さっきから付き纏うこの違和感は。 朝倉が持つサバイバルナイフの切っ先は正確に俺の喉を狙っている。これではまともに会話も出来やしない。説得なんて以ての外だ。無理に喉を動かせば刃が皮膚を切り裂くのは想像に容易く、そしてそれは場所が場所だけに致命傷にも成り得るかも知れず。 緊張に唾を飲み込む事すら俺には許されちゃいなかった。 俺の肩口を越えてすらりと長く地面に対して平行に伸びた腕は北高セーラの長袖に覆われている。その手には逆手にサバイバルナイフが握られ、ミリ単位の前進すら俺に許さない。動けば殺すと、この状況下でそれを理解出来ない馬鹿はそうはいまい。 背後から靡く甘ったるい花の香りだけが、見事に空気を読んでいないのが殊更に今の非常識を演出していた。 朝倉は言う。 「貴方が長門さんをどう評価しているか、正しく評価出来ているかが知りたかったのよ。私と長門さんは鏡。表裏でしかないって、ねえ、前にこれ言わなかったかしら?」 イエスもノーも告げられやしないこんな状況で質問されても実際問題どうリアクションを取ればいいんだ、俺は。なんかホラー映画で殺人鬼がこれから犠牲者にならんとする相手に対して意味の分からん事を口走って一人で納得するシーンに通ずるものをさっきからひしひしと感じているのだが。 冷や汗が流れ落ちるのと汗が一気に引くのはどちらが正しいのかと言えば、俺の場合はどうやら後者であったらしい。 「長門さんは変わったわ。それは涼宮さんのせいでもあるし、貴方たちのせいでもある」 耳元に息が掛かる。 「さっき言ったわね、自己連続性に立脚しない不安定な意志決定機能。私たちが本来持たないそのプログラムが、けれど彼女の中には確かに存在している。とても非合理的なものよ」 朝倉は……何を言っている。何をしている? 客観的に見れば俺の喉元にナイフを突き付けて意味不明な事を口走っているとなるが、しかしだ。 「無害なら私だって放っておくけれど、残念ながらそう言える類ではないみたい。扱いを誤れば私たちの存在を根底ごと引っ繰り返せるんじゃないかとも思っている」 ちょっと待て。この状況、とても非合理的じゃないか? だって、そうだろ。殺すつもりならば問答も会話も一切合切必要が無い。蛇の生殺しみたいな悪趣味は止めてさっさとやればいいし、そもそも何の力も持たない俺くらい楽にどうとでも出来るだけの力を朝倉は持っている。勿論、サクッと殺されては俺の方は堪ったものではないが、とりあえずそこは置いておいて。 一度、朝倉は俺の殺害を試みて失敗しているのだ。あの時だって勿体付けずに実力行使していれば長門が間に合うことも無かった。あそこでゲームオーバーすらマジで有り得た話。だったらそれを反省して余計なお喋りを止め、即実行に移すべきではないか。 俺がもし朝倉で、俺の殺害を本気で考えているのならまずそうする。 「エラー、もしくはバグ。ウイルス。システムノイズ。呼び方はどれでもいいわ。私たちは定期的にそういったものを検知して弾いているの。免疫機能と似たようなものよ。でも、長門さんからエラーは一向に消えない。それって、彼女がエラーの存在を自発的に肯定していないと辻褄が合わないのよね」 なぜ俺を殺さずに電波な話を聞かせ続けるのか。それを強要するのか。まるで強権的な教師が睨みを利かせつつ授業をするような。精神的脅迫によって生徒に勉学を強制しているのと、この状況は果たして何が違う? 何も違わない。だとしたら朝倉の目的は俺を殺すことではない? 「覚えているかしら、昨年の丁度今頃。長門さんが大規模な世界改変を行ったでしょう? 今の長門さんもあの時と同じくらい、いいえ、それ以上のエラーデータを蓄積させているの。いつ、何を起こしてもちっともおかしくないわ。そして再度長門さんが機能不全を引き起こせば、今度こそ」 勝算は有るが、それにしたって賭けだった。朝倉が千両役者である可能性に俺は手持ちの全て――正しく文字通りの全てをベットし、少女の台詞の続きを阻むタイミングで行動に出た。 目を閉じて、口を横一文字に引き絞り、奥歯を噛み締めて、震える足を叱咤して。 俺は多少前のめりになりながらも一歩を踏み出した。それが意味する所は分かって貰えると思う。そう、俺の喉は朝倉が握り締めているサバイバルナイフによってスプラッタ映像よろしく貫かれる、そのはずだった。 身体のどこにも痛みは無い。 下ろした足の裏には砂よりももっと頼り甲斐の有る感触。コツンと、その音が水面に落とした雫のごとくやけに耳の奥で反響した。 「……貴方の評価を改めるわ。割と思い切りが良いのね」 目を開くとそこは砂漠からマンションのエントランスに様変わりしていた。相変わらず人間離れした早業である。声のした方を振り返ると朝倉が微笑んでいた。その手に刃物が握られていない事を確認して俺はようやく溜息を許された気分になれた。 「お前が何をしようとしてんのかがなんとなく理解出来てな。少なくとも、お前は俺に死なれちゃ困る側のヤツなんじゃねーかと」 「あら、そんな事は無いわ」 まるで学校に居た時と変わらぬ表情でもって――ったく、物騒な事を満面の笑みで言うんじゃないっつの。 「貴方を殺す事も選択肢の一つとしては十分に有り得るのよ。ただ、可能性を危険性が僅かに上回っているから貴方は生かされているだけなの。スリルの有る人生で良かったわね。日々、何の変化も無い私からすればとても羨ましいわ」 俺はそんなものを一度として注文した覚えはないのだが。 「なら、替わるか?」 「もう、意地悪」 何も知らない男子が見たら思わず恋に落ちて、その足で花屋に駆け込みそうな笑顔だった。谷口のヤツがころっと騙されるのにも頷ける。これは男子ならば皆平等に防御力無視の補正が掛かっちまうだろうさ。 挙句にクリティカルヒットの表示まで大盤振る舞いされそうだ。ま、俺は耐性が有るけどな。 どんなに可愛かろうが核弾頭に恋なんか出来るか。 「そんなの出来ないって、分かってるでしょ」 フグを比喩にしてはシンパに怒られそうに愛らしく頬を膨らませた朝倉涼子は、しかしその見てくれに騙されてはならない。彼女はシマリスではなくアンドロイドである。どっちかってーと青いタヌキの親戚だ。 「貴方にしろ、私にしろ。本当は替われたらいいんだけどね。そうしたらもっとシンプルに済むから」 「俺よりもよっぽど回転数の高い情報処理機関をお持ちのくせに、シンプルとはよく言ったモンだ。もしかして宇宙人流の冗談だったりするのか、それ」 「かもね」 朝倉涼子はそれだけ言って、元クラスメイトとしての側面を涼やかで明るい声音からすうっと消した。 「私が今日、ここに出て来た理由を貴方はどう推理したのか、聞かせてもらってもいい?」 宇宙人としての朝倉はどうやら答え合わせをご希望らしい。別に構わんぞ。ただし、採点は甘めで頼む。 「そっちじゃなくて、俺は殺されないと判断した根拠でもいいか」 「ええ」 「だったら、そうだな……」 エントランスに立ちっ放しで足が疲れた。際まで歩いていって白壁に背中から寄り掛かる。これで人差し指でも額に持って行けばそれで名探偵のポーズが完成するはずだが、多分俺がやっても格好が付いたりはしないので止めておくとしよう。 そういうのは古泉だけで十分だ。 「覚えているか。お前は一度俺を殺そうとしたよな」 実際は二度。いや、春の九曜絡みの件をカウントすれば三度である。が、初犯以外は諸々の事情からノーカウントとしておいた。 「忘れてないわよ。っていうか、私は基本的に物事を忘れられないの」 「その内に頭の中がパンクしちまいそうだな、それは」 女性らしい小さな頭蓋の中にぶち込まれた記憶の情報量はきっと国会図書館辺りと比しても遜色無いのだろうと俺は考えるが、物理的な限界だとかそういった常識をどこまで小馬鹿にしたら気が済むんだろうな、宇宙人連中は。 物理学者がコイツらの存在を知ったら世を儚んだ末の辞世の句が科学雑誌狭しと並ぶだろうよ。考古学者がオーパーツの不思議に頭を捻る、その何十倍の衝撃が世界に走るのか俺には皆目検討も付かんね。 きっとアインシュタイン先生も草葉の陰で爆笑だぜ。 「貴方たちの技術レベルで話されてもね」 「そうかい。で、話を戻すが、一度失敗してんのに同じ過ちを犯すのはオカしいんじゃないかと、これが俺が最初に感じた引っ掛かりだ」 「同じ過ち? いいえ、今回は情報封鎖も空間製作も抜かりは無いのだけれど。例え長門さんでもそう簡単には入って来れないはずよ」 そう言われてもなあ。宇宙的不可思議結界の出来不出来が俺に分かって堪るかって話で。つーか、地球人に分かるヤツが一人でも居るのだろうか? 「そんなモンは知らん。俺が言ってるのはお前が俺と長々お喋りしてた点だよ。時間を掛ければ助けが来る確率も上がる。それくらいは一年前の春で学習してんだろ」 「うっかり忘れちゃってたかも」 過去を忘れたりしないってついさっき、どの口が言っていやがったかは都合良く忘れているらしいな。ええい、小首を傾げようが騙されないから下手な小芝居は止めろ。あんまり面倒臭いとお前を無視して勝手に長門のトコまで行っちまうぞ。 「一回それで失敗しているにも関わらず今日再び会話に興じたのはなぜか――単純だ、お前は助けが来ても別に構わないと思っていた。違うか?」 佐々木に降霊していたホームズ先生が今度は俺にも降りてきたんじゃなかろうかってほど、すらすらと舌は動いた。ちなみにどうでもいい話でかつ当たり前の話だが、シャーロック・ホームズは実在する人物ではない。つまり非実在霊である。そういや、幽霊はまだSOS団に入ってないな。ハルヒならそっち方面も好みそうでは有るのだが。 朝倉は指先を拍でも取るように空中で揺らしながら、 「もしも助けが来ないって最初から分かっていたとしたら?」 と、言った。 「またお得意の異時間なんたらの同期ってヤツか」 俺の推理に溜息を吐く朝倉。妙に人間っぽい仕草だが、そこに「芸が細かいな」以外の感想を抱けなかったのはなぜか。単純だ。少女がどういった存在なのかを俺は中途半端に理解しているからだろう。朝倉が何をしていても笑っていても、俺にはそれがどこか奇異に見えていた。 ま、殺意だけはトラウマによる攻撃力アップの効果で本気本物としか思えない訳だが。 「同期? 違うわよ。そんな事するまでもないわ。ねえ、長門さんが軟禁されているって知っていてここに来たんじゃないの、貴方。だったら長門さんが助けに来るはずないじゃない」 …………あ。 あー……そりゃ、そうか。そうだよな。いや、でもほら、古泉と佐々木ならなんとかかんとか長門を呼んで来てくれるんじゃないかとも思ったんだ。言葉にするのも面映いが、こう見えて友達は信頼する方なんだよ。 「ああ、あの二人なら」 「まさか、古泉と佐々木に何かしたのか!?」 「そんな怖い顔しないで。あの二人はずっとあそこよ」 朝倉がすっと白く細い指を動かす。その先にはエレベータが……おや? なんかオカしいぞ、主にフロア表示の辺りが。十秒、二十秒、一分が過ぎても電光掲示板はアラビア数字の三と矢印を交互に流すばかりだ。 「貴方も時間凍結くらい経験が有るでしょう?」 少女は不敵に笑う。なるほど、さっきからエレベータが三階を動いていないのは朝倉の仕業か。時間凍結って事は古泉と佐々木には多分、自分達が足止めを食っている実感も有りはしないだろう。この間に俺が階段で追い抜いて先回りしていたら、アイツら的にはちょっとしたホラーにもなる訳だ。 「友達を信頼するのはいいけれど、少し私を見くびり過ぎね」 「……みたいだな。俺に助けが来ないのをお前は最初から知っていた――ってのは十分理解出来たよ。ま、アイツらに直接の危害を加えちゃいないんなら、それでいいさ」 慣れない事はするモンじゃないな。やはり俺に名探偵役は向いていないらしい。やれやれ。この件に関しちゃ自分の浅い考えを戒める事こそ有れ、古泉と佐々木には何の非も無い訳で。 「そう溜息を吐かないでよ。きっと半分は合っているから」 「半分?」 「あら、気付いていたんじゃないの。貴方の殺害はフェイク。なら、本来の私の目的も有るはずって。だからあの一歩を踏み出せたのでしょう?」 ああ、それか。そんなん簡単だ。 「簡単……ね。言うじゃない」 そう睨むな。本気じゃないと分かっちゃいるが、それでもお前の視線は二重の意味で痛いんだ。 「俺を殺すんじゃないなら、会話の方に目的が有ったんだろう。だが、すまんな朝倉。あのやり取りで結局何を言いたいのか、俺には正直よく分からなかった」 「ふうん」 朝倉が急速に俺から興味を失ったのはその濁らせた眼で分かった。 そして――そして、それがコイツの演技だというのも「手に取るように」分かったのは、その眼の奥に、濁った中にも隠し切れない光を見たからだ。 俺はこの眼を知っている。幾度と無く見てきたこの眼の意味を俺は、知っている。 期待。好奇心。希望。それは誰でもない、俺に対して。朝倉の話は俺にはほとんど理解出来なかった。それをはっきりと告げて尚、果たしてこの俺に何を期待するのか。ホームズ先生には逆立ちしたってなれない俺は、俺にも分かる事を口にするしかない。 「だから、会話に目的が有ったのならお前は失敗しているんだ。だが、お前は失敗している風にも見えない。ならば会話にも目的は無かったのか? ……ああ、そうだ。殺意もフェイクなら会話もフェイク」 では先の一件で俺の身に何が残ったのか。眼を逸らさずに少女を見つめる。続ける俺の言葉に朝倉の頬がほんの一、二ミリ震えたように見えた。能動的に。奇跡のように。 「お前の本当の目的は――俺に危機感を植え付ける事だろう。違うか?」 つまり、コイツは自分から憎まれ役を買い、そして昨今平和ボケしている俺の目を覚まさせようとしたんじゃないか、などと。 ああ多分、これが一番朝倉の好みそうな「合理的」な回答だ。 俺の直視に晒された少女はそれが作り物で有るという事実を嘲笑うように、悪いものでも食ったんじゃないかと俺が半ば本気で心配するくらいに、太陽が昇りアサガオが花綻ばすように、もしやコイツすらも一切の例外無くハルヒズムに感染したんじゃないかって具合に、そして――そして、 「それでもコイツは宇宙人なんだ」なんて周りに吹聴したところで笑い話にさえ取っては貰えない、そんな表情で、 「上出来よ」 と言ったのだった。
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14,宇宙原産ブルーローズ 長門のマンションには何度か行ったことが有る。管理人のおっさんとも微妙な顔見知りだったし、入り口で手間取ることは無い――そのはずだった。 だが、実際は車から出て数歩足らずで俺の足は止まってしまっている。逸る気持ちは急制動を掛けられ、慣性の法則に従いたたらを踏んだ。 「……お前か」 マンション前には見知った背中の持ち主が佇んでいた。と言っても管理人のあの人とは似ても似つかない美少女だ。彼女は長袖の北高セーラに身を包み、この冬空の下でありながら防寒具の類を他に一切身に付けていなかった。通りすがりの赤の他人が見たら十人中五人くらいは怪訝さに眉を顰めるであろう出で立ちなれど、俺はそこに何の感慨も抱けなかった。これは加齢を根拠とする感受性の鈍化とはまた別の話だ。 その服装に理解が有るのは……これは残念ながらとでも言うべきなんだろうな。 防寒具を着ていないのはソイツには真実、必要ないから。そう、気温や体温などアイツにはどうとでもなるのだ。俺たちと違って。 この非常識さんめ。 ああ、ちくしょう。もし何かの手違いで本物の幽霊に行き遭ったとしても、それでもここまで俺の背筋を凍らせることはきっと出来やしないんだろうよ。全身が総毛立つとはまさに今の俺の事だ。体育の授業が有ったら躊躇わず見学を申請するくらいには気分も悪い。 「そ、意外でしょ」 超然という言葉の意味を体言する少女の立ち姿。凛と背筋の伸びた佇まいは例えるなら桔梗ってトコか。いやいや、似ても似つかないが薔薇ってのも大穴で有り得るだろう。美少女――だからこそサソリの尻尾が可愛く思えるような棘だって隠しているんだろうよ。 艶やかな腰丈の髪やスカートは時折吹く痛烈な北風にすらなびく様子がちっとも見られない。何をどうしていやがるのか。大気なんてものは世界に無きがごとくに振る舞うソイツ。マジで情けない話だが喉がグビリと鳴るのを抑えられない。 ――勿論、恐怖でだ。 「そうでもないな。なんとなく『来るだろうな』って予想はしてたんだ」 「それって有機生命体固有の予知能力?」 「いいや、ただの勘だ。俺を驚かせたかったってんなら、そいつは期待に添えなくて申し訳無い」 「ふうん、残念。でもまあ、いいわ」 少女はゆっくりと、焦らすように時間を掛けて首を後方に倒し、そして車を降りた俺たちの方を見つめた。 眼が合う。実物を見たことは無いが、にしたって蛙を睨み付ける蛇ってのはきっとあんな感じなんだろうぜ。女子中学生が抱く淡い恋心のような「もしかしたら」は当然の如く裏切られ、少女の見ているものは佐々木でも古泉でもなく――俺である。 どうして俺なんだ、と今更言い出すほど恥知らずではないつもりだが。しかし、俺とアイツの間の関係が縁だってんなら今すぐ縁切り寺に駆け込みたいね、マジで。 「あんまり遅いから待ちくたびれちゃったの、私」 勝ち気で明るい声は相変わらずだ。谷口曰くAAランクプラスの美少女は俺へと向けて歌うように笑う。 「遅い?」 「貴方が来るのを待っていたのよ、長門さんと一緒に」 元クラスメイトが玄関の自動ドアに右手を翳すと、それはセキュリティにと設けられたパスワード入力も無しに開いた。ま、そんなんは大して驚くことでもないが。っていうか、これくらいで一々驚いていたらSOS団には在籍していられないしな。 「さ、いつまでもそんな所にぼーっと立ってないで入ったら? 長門さんに用が有るんでしょう?」 そう促し、無防備にこちらへ背後を見せてマンションの中に入っていく少女。俺たちはその足取りを自然、目で追う形となった訳だが。丁度エントランスの自動ドアのレール辺りをソイツが歩き越えた時、俺の見ている前で陽炎のように少女の姿が不自然にあるいは超自然に歪んだ。今は十二月。建築物内外の気温差は確かに有ろうが、しかし光が歪むほどであってたまるか。 はあ、少しくらいカモフラージュしてもいいだろうに。何をって? 決まってんだろ。手品の種、もしくは落とし穴だよ。 「これ、完全に罠ですよ」 古泉が言うも、んなモンは言われんでも分かってる。あのマンションに入ったが最後、東西の物理学者が押し並(ナ)べて頭を抱える不思議空間にご招待ってんだろう。ただ、それにしたって長門の部屋に向かうにはトラップゾーンを避けちゃ通れんしな。回避出来ない罠なんてゲームだと顰蹙ものだぞ。しかも事前にバレバレなら尚更だ。 現実はゲームと違うなんてのくらいは分かっちゃいるが。ルールの有無が両者を分かつ一線だな。高校二年生という若さで不条理と書いて人生と読み替えるほど悟りたくはないもんだ。 「キョン、古泉くんは気構えをしておけって言っているのさ」 あのなあ佐々木、それも通訳して貰わんでも分かってるって。気構えなんてそれこそとっくのとうだ。 お前は知らんだろうが、あの歩き去った元クラスメイトとは何かと縁が有ってな。その前に立ってリラックスしろってのが軽く無理難題になっちまうくらい、俺の中で一、二を争うトラウマメイカなんだぜ、ああ見えて。 冗談じゃなく、死にかけたし。それも一度じゃないってんだから、ああ、我が身の不幸を嘆くしかない。 「気構えを幾ら重ねても気休めにしかならん」 なるようにしかならんのがどうにも歯痒い。運命ってヤツも俺の意思をもう少しくらい汲んでくれても罰は当たらんと思う訳だが、それこそ世界がハルヒプロデュースで成り立っちまっている以上、高望みか。 「用が有るのは多分、俺一人だ。古泉、分かってるとは思うが佐々木を頼む」 立ち止まっていた一歩を踏み出す。閻魔大王の前に歩き行く心持ちであったのは否めないが、しかしここで引き返す選択肢だとか俺には持ち合わせがない。だったら進むだけだ。一寸先が闇だろうと、虎穴だろうと。 「お任せ下さい。……あなたが時間を稼いでいる間に長門さんを連れて来るつもりですが、決して無理はなさらず」 「ああ。俺だって始末書の肩代わりなんかお断りだからな」 「では、ご武運を」 ユリウス・カエサルであれば腕を振り上げて「賽は投げられた」とでも宣言するんだろうこの場面を俺たちはこうもあっさり終わらせる。 「キョン、大丈夫なんだろうね?」 佐々木の声が背中に降る。さてね、これからどうなるかなんて俺には皆目見当も付かんよ。だけど、 「ま、なんとかなるだろ」 それは俺の偽らざる本心でもあったのだから始末に負えないとはこの事だぜ、ホント。 信頼と経験と、そして男子としての強がりをスパイスにしてだらしなく開きっぱなしのマンションの自動ドアを潜る。予測して覚悟していた頭痛や吐き気はなく、しかし代わりに、 「やっぱ、こうくるよな」 持ち上げた右足で踏みしめたのはタイルの床ではなくざらりとした砂粒だった。 視界は……いや、世界は一変していた。見渡す限りどこまでも続く砂地。これはもう砂漠と言うべきか。正面、そこに一人の少女が佇んでいる。 少女――朝倉涼子は俺の姿を認めると場違いなほど煌びやかに笑った。 「いらっしゃい。招待を受けてくれてとっても嬉しいわ」 「半強制で連行しといてよく言うぜ」 本来ならばここには何の変哲も無いマンションのエントランスが広がっているはずである。しかしどう言ったらいいのか、この流れでその「何の変哲も無い」エントランスのままであったのならばきっと俺は逆に驚愕していただろう。慣らされちまってんな、とは自分でも思う。 いつか、トンデモが当たり前と完全に入れ替わっちまったら誰が責任を取ってくれるのか。誰も取ってくれやしないだろうってのは間違いないと断言してしまえるのであるから、自分をしっかり持たないと。 「あら、その言い方は変よ。私はちゃんと『ここで帰ったら見逃してあげる』ってサインを送っていたつもりよ、こう見えて」 「ああ、そうかもな。だが、お前は俺たちが『ここで引き下がれる訳が無い』ってのにも気付いていたはずだ。違うか、朝倉?」 「どうかしら。あなたたち有機生命体が時として合理的でない判断をするのも、無謀でしかない決断を下すのも知識としては持っているけれど理解は出来ないのよね。この機会に聞いてみようかな。ねえ、あなたはどうしてそんなことをするの?」 やれやれだ。首を左右に振るジェスチャでそれを伝えると同時に佐々木と古泉の不在を確認する。よし、周囲に二人の姿は見られない。どうやら本当に朝倉の用は俺一人に集約されているらしい。頼むぜ、古泉、佐々木。首尾良く長門をここに連れて来てくれよ。 贅沢は言わないが、なるべく早くな。 「お前には分からないさ」 「……そっけないのね」 どの口が言いやがる。過去、命を狙ってきたようなヤツ相手にフランクになれるのは漫画やアニメの中だけだ。現実はこんなモンさ。 「でもな、きっと長門なら分かってくれる。いや、きっとじゃない。絶対だ。アイツなら分かる。そっちに聞いてみたらどうだ?」 朝倉の眉が俺の挑発に反応してぴくりと跳ね上がった。豊かな表情を持ち、まるで人間みたいな少女だ。対しての俺の長門は世界無表情選手権シード枠で、人間らしさがとても希薄に見えたりもする。「どちらかがアンドロイドでどちらかが人間です。さてどちらがどちらでしょう?」みたいな質問をしたら百人中九十六人までもが朝倉の方が人間だと、そう回答するだろう。 でも、それでも百人中四人は長門を選ぶ。 ハルヒは。古泉は。朝比奈さんは。 そして、俺は。 「長門はお前とは違うからな」 アイツの友達で、仲間だからだ。 「違わないわよ。長門さんは対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス。私と同じ。何を言っているの?」 朝倉が幼い子供の間違いを正すように俺を諭す。本当に朝倉には分からないのだ。長門と自分の違い、ってヤツが。俺にも上手く言葉に出来ない。いや、言葉にしたら途端に陳腐になっちまう。 長門には心が有る、って。 「朝倉。お前に自分の意思は有るか?」 「意思? それも理解出来ない概念ね」 「だろうな。お前は上の言う事をこなすだけだ。長門だって大体そんな感じだしさ。出会ったばっかの頃は本気でその傾向が顕著だった」 「今はそうではないとでも言いたいの?」 今年の春には俺はもう当たりを付けていた。直接聞いた事は無いが古泉だって気付いちゃいるんだろう。長門が俺たちの前に現れた意味と、なぜ長門だったのかの答え。出会いたての折、少女は言った。ハルヒに近付いたその目的は自律進化の可能性だと。 「気付いているはずだ、お前も、『お前ら』も。違っていることには気付いていないとおかしい。ただ、何が違ってしまったのかが分からない、理解出来ないから同じだと思い込んじまってる。なあ、朝倉」 「何?」 「SF小説は好きか?」 「好きとか嫌いとか、そんなものが有ると思うの? 優先順位で言えば、」 ああ、もういい。その口振りで大体は分かった。 そして、ここまでのやり取りでおおよそは掴めたし。 「だったら今度、長門におすすめを何冊か貸して貰うといい。俺の予想が確かなら、それがお前らが必死になって探し回ってる自律進化の可能性とやらだ」 思いっきりベタな代物を銀河規模で要求する宇宙人どもだとほとほと呆れ返る。長門が無口キャラの文芸部員だってのはハルヒの望んだ通りの設定な訳だが、しかしそれは果たして予定調和だったりするのだろう。閉塞する未来を打ち砕くには読書狂の宇宙人が必要だったんだ。ま、これは今になって思う結果論だが。 「……ねえ、もしかして馬鹿にしてる?」 「少しな。なんでそんなに賢いのに、こんな簡単なことに気付けないんだとは思ってる。そう怒るなよ。いや、怒れないんだったか、お前は。感情とか無いんだもんな」 俺の言葉に朝倉は「一切の表情を消し」て「微笑ん」だ。その無表情は長門のようでもあり、長門とは似ても似つかないとも感じる。俺は知っている。朝倉の顔には能動的なあの二ミリが決定的に足りないんだ。作り物じゃない、あの奇跡の二ミリメートルが。 「長門は変わったぞ」 朝倉の視線が突き刺さるも何度だって言ってやる。いつの間にか俺は時間稼ぎが目的の問答だってのをすっかり忘れてしまっていた。友達を誇るってのはそんだけ気持ちがいいものなんだろう。 「アイツは自分から未来を見るインチキを放棄した。それが決定的で確定的な全てだ、朝倉」 「インチキ? ああ、それって異時間同位体との同期のことよね、きっと。確かに私にはまるで分からないわ。長門さんの行動はエラーとしか考えられない。どうして自分の機能に自分で制限を掛けるのかしら、彼女」 俺に向けてか長門に向けてか。違うな。多分、自分自身に向けて。そう質問する朝倉ももしかしたら変わり始めているのかも知れなかった。が、俺にはそんな朝倉になんと言って感情の理解を促せられるのか分からない。そういうのは俺の分野じゃないんだ。ま、言っても俺に分野も専門も有りはしないが。 ただの高校生にそんなモノを求める方が間違ってるさ。そうだろ? 「詳しいことは俺も分からんから、なんとなくこうなんじゃないかって予想で話すが」 そう、例えるなら、 「長門にとってその『同期』とやらは羽みたいなモンなんだろうさ」 似合わない事を言ってんなあ、と思う。いわゆる「キャラじゃない」ってヤツだが、キャラ作りなんて特別意識した事も無いからどうでもいいか。 「羽? それって空を飛ぶための?」 「ああ。俺たちには当ったり前だが、んなモンはない。空なんか飛べない。でも、お前らは持っていた。空を飛べるんなら俺たちとは生きていく場所が違って当然だ」 雲の上か、天空の城か。重力に縛られないなら、こんなせまっくるしい地上を寝床に選ぶ方が馬鹿だ。 どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。 でも俺はそんな馬鹿が巻き起こす馬鹿騒ぎってのだってたまになら嫌いじゃない。そもそもハルヒの周囲に居るって時点で筋金入りの馬鹿なんだ。俺も、そしてそれは長門も。 あの瞳に満載された液体ヘリウムは今にも溢れ返りそうな好奇心を必死にひた隠すための冷却材であるのかも、なんて俺はたまに思う訳だ。 「そうだな、俺も悪いんだろうよ。深く考えずに長門と友達になっちまったこと」 「長門さんはあなたたち地球人類と並列になろうとしたって言いたいの? そんなの有り得ないわ」 有り得ないの根拠はなんだ、朝倉? 「有機生命体のような自己連続性に立脚しない不安定な意志決定機能を私たちは持っていないの。個体の区別は付けても一時的ですら差別はしないわよ」 そんな、辞書引いて目に付いた単語を適当に配置したような台詞を吐かれてもな。友情や感情なんて理解出来ないなどと俺なりに出来る限り頑張って意訳してみたが、もし間違っていてもクレームの報告先は俺じゃないだろ、コレ。 「友達になったと思っているのは俺だけだ、ってか」 「長門さんにとっての貴方の価値は最初から不変のはずよ。涼宮さんに最も近しい特別な背景を持たない地球人類、それが貴方の全て」 宇宙製デジタルアンドロイドの少女は言う。でも、本当にそうか? いやいや、俺が普通普遍の一般人ってトコに異論は無い。そうじゃなくて。 長門が他者をどう思っているか、なんてそんなの本当のところは長門にしか分からんが。けれど誰もを特別に思わないなんて、平等に無関心だなんて。 それは無理が有るだろ、朝倉よ。 「涼宮ハルヒが文芸部室にてSOS団なる珍妙なクラブ活動を発足した時、俺はその目的を問うたんだけどな」 「何の話?」 朝倉が首を捻る。いいから聞けって。 「そん時、あの馬鹿は俺にこう返した。『宇宙人、未来人、超能力者を探し出して一緒に遊ぶ』のだ、とな。それがハルヒの願いだ。アイツの願いは」 涼宮ハルヒの願望は、 「それが本心である限り現実になる」 宇宙人だから友情を持てない? 人と仲良くなれない? うるせえ。んな訳有るか。 ハルヒが一緒に遊びたいと願ったんだ。片方だけが楽しいんじゃ、それは遊ぶとは言わない。少なくとも俺の知っている日本語ではそうはなってない。実は常識人な一面も持ち合わせているらしいハルヒもそこのとこは間違えないようになった。 だったら長門は俺たちと楽しく、そして仲良く遊べるはずなんだ。それを願うあの馬鹿が居るんだから。 俺たちが心から仲良くなれないようなら、そんな世界は嘘っぱちだ。 「長門が同期を絶ったのは――羽を切ったのは俺たち対等になりたかったとか、地球人と同じになりたかったとか、そういう立場とか打算とかじゃないだろ、きっと」 喋りながらまるで絵本でも読み聞かせているような心持ちに陥りかけたのは、目の前に居る朝倉が少しだけ、気の迷いってくらいに二ミリメートル程度、出会ったばかりの頃の長門とダブって見えたからだった。 「未来は分からないからこそ面白い。そんなハルヒズムに悪影響を受けたんじゃねーのか、長門も」 良くも悪くも影響力の強い女。まるで恒星のように周りを有無を言わさぬ引力で巻き込んで、あっという間に銀河系を作り上げちまったとは俺の印象。 それが俺たちの戴く団長サマである。 「……やっぱり、貴方はそう考えるのね」 そう言った宇宙人の瞳が俺を真っ直ぐに貫き、背骨を生理的嫌悪感が上から下までバケツリレーのように這い回る。コイツに対する態度で何かを決定的に間違ったと、経験によって培われた俺の常人離れした第六感が狂ったんじゃないかって具合に警鐘を打ち鳴らす。 「それって」 なんだ、俺は何を言った? 何をしくじった? コイツら宇宙人が求めている最終目的に関する重大なヒントを教えてやったってのに、いわば恩人の俺に対してどうして朝倉は明確な敵意を向けている? 「つまり、もう貴方は用無しってコトじゃない?」 その台詞が合図のように朝倉の姿は消えた。一瞬、このよく分からない空間に一人で置いていかれたのかと焦ったが、それ以上に俺を焦燥に駆り立てる状況に陥っていると気付いた時にはもう、身動き一つ出来なくなっていた。 喉仏が上下に動くそれだけで冷たい金属質の何かが俺に接触する。これが正しく紙一重。いつかのトラウマが色鮮やかに甦った。 「あさ……くらっ……?」 「本当は気付いていたのよ、長門さんの変化に。それでも私が貴方の前で何も知らない振りをした理由、分かる?」 失念していた。いや、あの春の出来事はジェットコースタ過ぎて正直仔細を覚えていないというのも有った。それでも……なんなんだ、さっきから付き纏うこの違和感は。 朝倉が持つサバイバルナイフの切っ先は正確に俺の喉を狙っている。これではまともに会話も出来やしない。説得なんて以ての外だ。無理に喉を動かせば刃が皮膚を切り裂くのは想像に容易く、そしてそれは場所が場所だけに致命傷にも成り得るかも知れず。 緊張に唾を飲み込む事すら俺には許されちゃいなかった。 俺の肩口を越えてすらりと長く地面に対して平行に伸びた腕は北高セーラの長袖に覆われている。その手には逆手にサバイバルナイフが握られ、ミリ単位の前進すら俺に許さない。動けば殺すと、この状況下でそれを理解出来ない馬鹿はそうはいまい。 背後から靡く甘ったるい花の香りだけが、見事に空気を読んでいないのが殊更に今の非常識を演出していた。 朝倉は言う。 「貴方が長門さんをどう評価しているか、正しく評価出来ているかが知りたかったのよ。私と長門さんは鏡。表裏でしかないって、ねえ、前にこれ言わなかったかしら?」 イエスもノーも告げられやしないこんな状況で質問されても実際問題どうリアクションを取ればいいんだ、俺は。なんかホラー映画で殺人鬼がこれから犠牲者にならんとする相手に対して意味の分からん事を口走って一人で納得するシーンに通ずるものをさっきからひしひしと感じているのだが。 冷や汗が流れ落ちるのと汗が一気に引くのはどちらが正しいのかと言えば、俺の場合はどうやら後者であったらしい。 「長門さんは変わったわ。それは涼宮さんのせいでもあるし、貴方たちのせいでもある」 耳元に息が掛かる。 「さっき言ったわね、自己連続性に立脚しない不安定な意志決定機能。私たちが本来持たないそのプログラムが、けれど彼女の中には確かに存在している。とても非合理的なものよ」 朝倉は……何を言っている。何をしている? 客観的に見れば俺の喉元にナイフを突き付けて意味不明な事を口走っているとなるが、しかしだ。 「無害なら私だって放っておくけれど、残念ながらそう言える類ではないみたい。扱いを誤れば私たちの存在を根底ごと引っ繰り返せるんじゃないかとも思っている」 ちょっと待て。この状況、とても非合理的じゃないか? だって、そうだろ。殺すつもりならば問答も会話も一切合切必要が無い。蛇の生殺しみたいな悪趣味は止めてさっさとやればいいし、そもそも何の力も持たない俺くらい楽にどうとでも出来るだけの力を朝倉は持っている。勿論、サクッと殺されては俺の方は堪ったものではないが、とりあえずそこは置いておいて。 一度、朝倉は俺の殺害を試みて失敗しているのだ。あの時だって勿体付けずに実力行使していれば長門が間に合うことも無かった。あそこでゲームオーバーすらマジで有り得た話。だったらそれを反省して余計なお喋りを止め、即実行に移すべきではないか。 俺がもし朝倉で、俺の殺害を本気で考えているのならまずそうする。 「エラー、もしくはバグ。ウイルス。システムノイズ。呼び方はどれでもいいわ。私たちは定期的にそういったものを検知して弾いているの。免疫機能と似たようなものよ。でも、長門さんからエラーは一向に消えない。それって、彼女がエラーの存在を自発的に肯定していないと辻褄が合わないのよね」 なぜ俺を殺さずに電波な話を聞かせ続けるのか。それを強要するのか。まるで強権的な教師が睨みを利かせつつ授業をするような。精神的脅迫によって生徒に勉学を強制しているのと、この状況は果たして何が違う? 何も違わない。だとしたら朝倉の目的は俺を殺すことではない? 「覚えているかしら、昨年の丁度今頃。長門さんが大規模な世界改変を行ったでしょう? 今の長門さんもあの時と同じくらい、いいえ、それ以上のエラーデータを蓄積させているの。いつ、何を起こしてもちっともおかしくないわ。そして再度長門さんが機能不全を引き起こせば、今度こそ」 勝算は有るが、それにしたって賭けだった。朝倉が千両役者である可能性に俺は手持ちの全て――正しく文字通りの全てをベットし、少女の台詞の続きを阻むタイミングで行動に出た。 目を閉じて、口を横一文字に引き絞り、奥歯を噛み締めて、震える足を叱咤して。 俺は多少前のめりになりながらも一歩を踏み出した。それが意味する所は分かって貰えると思う。そう、俺の喉は朝倉が握り締めているサバイバルナイフによってスプラッタ映像よろしく貫かれる、そのはずだった。 身体のどこにも痛みは無い。 下ろした足の裏には砂よりももっと頼り甲斐の有る感触。コツンと、その音が水面に落とした雫のごとくやけに耳の奥で反響した。 「……貴方の評価を改めるわ。割と思い切りが良いのね」 目を開くとそこは砂漠からマンションのエントランスに様変わりしていた。相変わらず人間離れした早業である。声のした方を振り返ると朝倉が微笑んでいた。その手に刃物が握られていない事を確認して俺はようやく溜息を許された気分になれた。 「お前が何をしようとしてんのかがなんとなく理解出来てな。少なくとも、お前は俺に死なれちゃ困る側のヤツなんじゃねーかと」 「あら、そんな事は無いわ」 まるで学校に居た時と変わらぬ表情でもって――ったく、物騒な事を満面の笑みで言うんじゃないっつの。 「貴方を殺す事も選択肢の一つとしては十分に有り得るのよ。ただ、可能性を危険性が僅かに上回っているから貴方は生かされているだけなの。スリルの有る人生で良かったわね。日々、何の変化も無い私からすればとても羨ましいわ」 俺はそんなものを一度として注文した覚えはないのだが。 「なら、替わるか?」 「もう、意地悪」 何も知らない男子が見たら思わず恋に落ちて、その足で花屋に駆け込みそうな笑顔だった。谷口のヤツがころっと騙されるのにも頷ける。これは男子ならば皆平等に防御力無視の補正が掛かっちまうだろうさ。 挙句にクリティカルヒットの表示まで大盤振る舞いされそうだ。ま、俺は耐性が有るけどな。 どんなに可愛かろうが核弾頭に恋なんか出来るか。 「そんなの出来ないって、分かってるでしょ」 フグを比喩にしてはシンパに怒られそうに愛らしく頬を膨らませた朝倉涼子は、しかしその見てくれに騙されてはならない。彼女はシマリスではなくアンドロイドである。どっちかってーと青いタヌキの親戚だ。 「貴方にしろ、私にしろ。本当は替われたらいいんだけどね。そうしたらもっとシンプルに済むから」 「俺よりもよっぽど回転数の高い情報処理機関をお持ちのくせに、シンプルとはよく言ったモンだ。もしかして宇宙人流の冗談だったりするのか、それ」 「かもね」 朝倉涼子はそれだけ言って、元クラスメイトとしての側面を涼やかで明るい声音からすうっと消した。 「私が今日、ここに出て来た理由を貴方はどう推理したのか、聞かせてもらってもいい?」 宇宙人としての朝倉はどうやら答え合わせをご希望らしい。別に構わんぞ。ただし、採点は甘めで頼む。 「そっちじゃなくて、俺は殺されないと判断した根拠でもいいか」 「ええ」 「だったら、そうだな……」 エントランスに立ちっ放しで足が疲れた。際まで歩いていって白壁に背中から寄り掛かる。これで人差し指でも額に持って行けばそれで名探偵のポーズが完成するはずだが、多分俺がやっても格好が付いたりはしないので止めておくとしよう。 そういうのは古泉だけで十分だ。 「覚えているか。お前は一度俺を殺そうとしたよな」 実際は二度。いや、春の九曜絡みの件をカウントすれば三度である。が、初犯以外は諸々の事情からノーカウントとしておいた。 「忘れてないわよ。っていうか、私は基本的に物事を忘れられないの」 「その内に頭の中がパンクしちまいそうだな、それは」 女性らしい小さな頭蓋の中にぶち込まれた記憶の情報量はきっと国会図書館辺りと比しても遜色無いのだろうと俺は考えるが、物理的な限界だとかそういった常識をどこまで小馬鹿にしたら気が済むんだろうな、宇宙人連中は。 物理学者がコイツらの存在を知ったら世を儚んだ末の辞世の句が科学雑誌狭しと並ぶだろうよ。考古学者がオーパーツの不思議に頭を捻る、その何十倍の衝撃が世界に走るのか俺には皆目検討も付かんね。 きっとアインシュタイン先生も草葉の陰で爆笑だぜ。 「貴方たちの技術レベルで話されてもね」 「そうかい。で、話を戻すが、一度失敗してんのに同じ過ちを犯すのはオカしいんじゃないかと、これが俺が最初に感じた引っ掛かりだ」 「同じ過ち? いいえ、今回は情報封鎖も空間製作も抜かりは無いのだけれど。例え長門さんでもそう簡単には入って来れないはずよ」 そう言われてもなあ。宇宙的不可思議結界の出来不出来が俺に分かって堪るかって話で。つーか、地球人に分かるヤツが一人でも居るのだろうか? 「そんなモンは知らん。俺が言ってるのはお前が俺と長々お喋りしてた点だよ。時間を掛ければ助けが来る確率も上がる。それくらいは一年前の春で学習してんだろ」 「うっかり忘れちゃってたかも」 過去を忘れたりしないってついさっき、どの口が言っていやがったかは都合良く忘れているらしいな。ええい、小首を傾げようが騙されないから下手な小芝居は止めろ。あんまり面倒臭いとお前を無視して勝手に長門のトコまで行っちまうぞ。 「一回それで失敗しているにも関わらず今日再び会話に興じたのはなぜか――単純だ、お前は助けが来ても別に構わないと思っていた。違うか?」 佐々木に降霊していたホームズ先生が今度は俺にも降りてきたんじゃなかろうかってほど、すらすらと舌は動いた。ちなみにどうでもいい話でかつ当たり前の話だが、シャーロック・ホームズは実在する人物ではない。つまり非実在霊である。そういや、幽霊はまだSOS団に入ってないな。ハルヒならそっち方面も好みそうでは有るのだが。 朝倉は指先を拍でも取るように空中で揺らしながら、 「もしも助けが来ないって最初から分かっていたとしたら?」 と、言った。 「またお得意の異時間なんたらの同期ってヤツか」 俺の推理に溜息を吐く朝倉。妙に人間っぽい仕草だが、そこに「芸が細かいな」以外の感想を抱けなかったのはなぜか。単純だ。少女がどういった存在なのかを俺は中途半端に理解しているからだろう。朝倉が何をしていても笑っていても、俺にはそれがどこか奇異に見えていた。 ま、殺意だけはトラウマによる攻撃力アップの効果で本気本物としか思えない訳だが。 「同期? 違うわよ。そんな事するまでもないわ。ねえ、長門さんが軟禁されているって知っていてここに来たんじゃないの、貴方。だったら長門さんが助けに来るはずないじゃない」 …………あ。 あー……そりゃ、そうか。そうだよな。いや、でもほら、古泉と佐々木ならなんとかかんとか長門を呼んで来てくれるんじゃないかとも思ったんだ。言葉にするのも面映いが、こう見えて友達は信頼する方なんだよ。 「ああ、あの二人なら」 「まさか、古泉と佐々木に何かしたのか!?」 「そんな怖い顔しないで。あの二人はずっとあそこよ」 朝倉がすっと白く細い指を動かす。その先にはエレベータが……おや? なんかオカしいぞ、主にフロア表示の辺りが。十秒、二十秒、一分が過ぎても電光掲示板はアラビア数字の三と矢印を交互に流すばかりだ。 「貴方も時間凍結くらい経験が有るでしょう?」 少女は不敵に笑う。なるほど、さっきからエレベータが三階を動いていないのは朝倉の仕業か。時間凍結って事は古泉と佐々木には多分、自分達が足止めを食っている実感も有りはしないだろう。この間に俺が階段で追い抜いて先回りしていたら、アイツら的にはちょっとしたホラーにもなる訳だ。 「友達を信頼するのはいいけれど、少し私を見くびり過ぎね」 「……みたいだな。俺に助けが来ないのをお前は最初から知っていた――ってのは十分理解出来たよ。ま、アイツらに直接の危害を加えちゃいないんなら、それでいいさ」 慣れない事はするモンじゃないな。やはり俺に名探偵役は向いていないらしい。やれやれ。この件に関しちゃ自分の浅い考えを戒める事こそ有れ、古泉と佐々木には何の非も無い訳で。 「そう溜息を吐かないでよ。きっと半分は合っているから」 「半分?」 「あら、気付いていたんじゃないの。貴方の殺害はフェイク。なら、本来の私の目的も有るはずって。だからあの一歩を踏み出せたのでしょう?」 ああ、それか。そんなん簡単だ。 「簡単……ね。言うじゃない」 そう睨むな。本気じゃないと分かっちゃいるが、それでもお前の視線は二重の意味で痛いんだ。 「俺を殺すんじゃないなら、会話の方に目的が有ったんだろう。だが、すまんな朝倉。あのやり取りで結局何を言いたいのか、俺には正直よく分からなかった」 「ふうん」 朝倉が急速に俺から興味を失ったのはその濁らせた眼で分かった。 そして――そして、それがコイツの演技だというのも「手に取るように」分かったのは、その眼の奥に、濁った中にも隠し切れない光を見たからだ。 俺はこの眼を知っている。幾度と無く見てきたこの眼の意味を俺は、知っている。 期待。好奇心。希望。それは誰でもない、俺に対して。朝倉の話は俺にはほとんど理解出来なかった。それをはっきりと告げて尚、果たしてこの俺に何を期待するのか。ホームズ先生には逆立ちしたってなれない俺は、俺にも分かる事を口にするしかない。 「だから、会話に目的が有ったのならお前は失敗しているんだ。だが、お前は失敗している風にも見えない。ならば会話にも目的は無かったのか? ……ああ、そうだ。殺意もフェイクなら会話もフェイク」 では先の一件で俺の身に何が残ったのか。眼を逸らさずに少女を見つめる。続ける俺の言葉に朝倉の頬がほんの一、二ミリ震えたように見えた。能動的に。奇跡のように。 「お前の本当の目的は――俺に危機感を植え付ける事だろう。違うか?」 つまり、コイツは自分から憎まれ役を買い、そして昨今平和ボケしている俺の目を覚まさせようとしたんじゃないか、などと。 ああ多分、これが一番朝倉の好みそうな「合理的」な回答だ。 俺の直視に晒された少女はそれが作り物で有るという事実を嘲笑うように、悪いものでも食ったんじゃないかと俺が半ば本気で心配するくらいに、太陽が昇りアサガオが花綻ばすように、もしやコイツすらも一切の例外無くハルヒズムに感染したんじゃないかって具合に、そして――そして、 「それでもコイツは宇宙人なんだ」なんて周りに吹聴したところで笑い話にさえ取っては貰えない、そんな表情で、 「上出来よ」 と言ったのだった。